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日記、感想、オタ活・・・ごちゃまぜ雑多の物置蔵

推しソシャゲの展示会を見に行くために、東京に1泊した。
楽しいオタ活の時間が終わり、今日は休み明けの出勤日。

昨日の夜の時点で思っていたことだけど、「明日は仕事か・・・。また現実に戻るのか、やだなぁ・・・」という気分は全然なくて、むしろ「明日からまた頑張ろう」というメンタルになっているのが、嬉しいことだけど、なんか意外で、驚いた。

楽しい時間であればあるほど、休み明けは気が重たいものだ。今までの旅行ではたいていそうだった。再び始まる特に楽しみのない日常に耐えられなくて、新しいゲームを買うことを決めたり、次の旅行の予定を早々に立てたりもした。楽しい時間だったと思えば思うほど、休み明けのメンタル落差に耐えられるのか不安になっていた。

それがどうだ、かつてないほど心中穏やかだ。
昨夜の時点では「まだ旅行の余韻に浸っていて仕事の現実味を感じていないだけでは」と半信半疑だったけど、今朝になっても平気だったし、仕事が始まっても平気だった。ずっと、「旅行楽しかったな」という静かな喜びと、「これからもっと良い自分になれるようにがんばろう」という充実感に満ちている。すごい。悟り開いたかもしれん。


余韻と充実感がとても心地よい。こうなった要因はいくつかあるのだろうけど、とりあえず言えることは、激情に支配されないのって、いいな、ってこと。
正直、私は「大きな落ち込みは大きな喜びの代償。感情の振れ幅は大きい方が人生面白いに決まってる」と思っていた部分があって、周りに迷惑をかけなければ感情ジェットコースター人間でいたいなと思っていた。それが体力も精神力も摩耗することはよく分かっていたけど、激情と人生を楽しむ行為は切り離せないと信じていた。たとえば、己の「楽しい!」を増幅させるために、自分を分析して「楽しいと感じるもの」を突き詰めないといけないと思っていた。生きる喜びを感じるためには「楽しい」を得ないといけないし、楽しくないものは価値が無い、楽しくない人生は価値が無い、、、。自分の行為を感情ベースで考えると、実は結構苦しいんだよね。もちろんそうしてきた努力(と呼べるかどうかは分からないが)が無駄だったとは思わないし、苦しんだ経験があるからこそ、今の気持ちに価値を感じるんだろうけど。

まぁそういうわけで、静かな喜びが胸を満たすのも、だいぶ幸せだってことを知った。
今は憑き物が落ちたみたいに、穏やかで肯定的な気持ちで現実を見ている。


じゃあ、なんでこんなに穏やかに考えられるようになったかを考える。

1 単純に旅行がリフレッシュになった
日帰りじゃ駄目なんだよな。バスで運ばれるのも旅をしている感覚があって好き。知らない町に行くのもリフレッシュになって好き。

2 推しキャラに会えた効果で悟りを開いた
可能性としては高い。推しの前に立った時点でだいぶ胸中穏やかだった。

3 経験が刺激になった
会場でいろんなオタクの姿を見て「推し活って十人十色だよな。それぞれの推し活があるって素敵だな。私も自分の理想に妥協しないよう、後悔しないようにやりたい」という悟りを開いた感はたしかにある。久々に都会に出て色んなものを見て経験したことが、刺激になった。「経験」が私を豊かにするということを思い出した。

4 オタクであることにふっきれた
今回の旅行は同じコンテンツを推しているリア友(月1くらいでしか会えない)と行ったんだけど、オタクが二人そろったらやることは「語りつくす」しかないわけで。これでもかというほどその世界のことを語って考えて妄想しているうちに、自分の中でもその世界がどんどん鮮明になっていって、もうほぼ脳内に世界が構築されたと言ってもいい具合になった。この感覚が創作物を好きになることの醍醐味だよなと思う。自分の中にリアルとは違う世界があって、その気になれば、理性がゆるせば、いつでも脳内でアクセスできる。ここまでディープに沼ると、たとえこのソシャゲがサービス終了しても、私の脳内には世界が生き続ける。実際、学生時代にずっとはまっていたソシャゲの世界は、幸か不幸かまだ私の脳の中にある。(日食の中の悪魔城も、とんでもなく増築された黒薔薇学園も、もちろんある。)想像すればするほど脳内の映像が鮮明になる。この感覚がすごく好きだなってことを思い出して、あぁ、こういうタイプのオタクでいたいな・・・って、じんわり思ったりした。

5 達成感を味わったから
実はこの展示会に行くまでに「少しはマシな見た目の人間になろう」と思って運動を始めていた。出来る範囲でやろうくらいのユルさだったから、運動が得意な人には微細すぎる努力でしかなかっただろう。でも、怠惰な寝坊魔が、「推しキャラに会うから」というだけの動機で毎朝早起きしてジョギングできたのは奇跡に近い。「会うから」というよりは、「『会う』という表現を使いたかったから」の方が動機としては近いかもしれない。声優イベントでもライブでも何でもなくマジでただの展示会において、「会う」要素はなにもないんだけど、「観に行く」より「会いに行く」と思い込む方が面白いと、この頃から既に考えていたんだろうな。そして「会いに行く」思考に厚みをもたせるために選んだ行為が、「己を磨く」ことだった。「努力して会いに行くこと」が動機の根幹だったから、ダイエットが成功したかしなかったかにかかわらず、なんかもう等身大パネルに会えただけで嬉しさ爆発だったのも、納得がいく。(実際、体重は全然減らなかった。筋肉がついただけだった)そりゃ悟りも開くわな。

6 推しへの憧れを再認識したから
かつてないほどコンテンツに浸った日々で推しのことを考えるのは当然だと思う。私はどうして彼が好きなのか? 答えは意外とすんなり出た。「強くてかっこいい」から。剣士として物理的に強いのもあるけど、精神的に「何者にもビビらない、強い自分でありたい」という気概が人一倍強いところが『強いな』って思うんだよな(「強い」の大渋滞)。理想の自分、理想の強さになるために己を貫くところがかっこいい。己の美学を持っている所に憧れる。・・・そういう推しを見ていると、私も「強くなりたいな」と思う。
この「強くなりたい」は漠然としたものだから明確な目標も立てづらいんだけど、ただ、今の私はどちらかと言えば明らかに「強くはない」ので、何かしらの方向に成長することが即ち強くなることだと思うんだよね。体力をつけることでも、知識をつけることでも、出来ることを増やすことでも、なんでもいい。私にとっての「強くなりたい」は言い方を変えれば、「向上心を持ちたい」なんだろうな。


・・・それぞれ繋がっているようでいて、脈絡がないような、まとめるのも面倒なような。
まぁそもそも、「感情ベースで考えると苦しい」とか言いながら「今の感情が珍しいから日記に残す」ような人間の思考回路なんて、荒唐無稽で当然なのかもしれない。書き残せたことには満足しているから、答えを出すのが目的ではないんだけど。

これこそ原因がわからないが、10月は結構メンタルが死んでいた。元気だったなーと思うのは、推しキャラの誕生日(10/20)くらいで、あとはなんか楽しいことに参加していても、もちろん一時的には楽しいんだけど、ふとした瞬間に「はよ休みたい」って思っていたような気がする。
旅行前の3日間が特にひどかった。仕事を終えてなんとか夕方に帰宅するも、気力という気力が消失しているので何もできず、寝込む。時々うめき声をあげる。体調が悪いわけじゃないんだけど、どうしようもなく重たい胸の内をすこしでも軽くしたくて、口を開いて、でも言葉を紡げるほど元気じゃないので、うめき声をあげるしかない。そんな状態で寝込んで翌日を迎えても、気分は死んだまま。なんで睡眠時間しっかりとったのに私の心は元気じゃないんだ・・・睡眠じゃなくて読書かゲームでもしていた方が救われたかな・・・でももう朝だし、仕事行かないといけないし・・・。という状態で支度して、もちろん仕事中も疲れやすくてイライラしがちだった。今思うとほんと、無事でいてくれてありがとうって感じだ。きっと何かが自分を追い詰めていて、疲れていたんだと思う。疲れを無視して先送りし続けた結果、爆発してしまったんだろうねぇ。

旅行を経てこれが少しでも改善されたらいいなと思っていたので、今日こうして穏やかな気持ちで働けて本当に良かった。人間、リフレッシュが大事。当たり前すぎて忘れがちだけど、本当にその通り。要因がどうだったとかよりも、今は「メンタル回復してよかったな」と思う。


ここまで書けばさすがに満足する。また自分を見失った時は、これを見返そう。
穏やかに眠れる夜が続きますように。
これからも色々なものを吸収して、経験して、私の脳内が豊かになりますように。

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アニメ見ながら書き溜めた感想を放出する。

第1話
 幼少期リヒターのシーンからスタート。今回のリヒター魔法使えるの!?血筋的には何もおかしくないけどちょっと意外。
 とにかくマリアが美少女すぎる。どこで止めても描き込みっぷりがとんでもない。かわいさに全振りしすぎている。初見はアニメーションの美麗さとマリアのかわいさに目を奪われてストーリーが全然頭に入ってこない。マリアのキャラデザ、個人的に一番好きなバージョンが採用されててとても嬉しい。これから毎話この美少女が見られると思うと幸せ。

第2話
 今回もバトルシーンあるの最高。もしかしてプリキュアみたいに毎話ある...?この作画クオリティで毎話バトルする...?えっぐ...
 敵地に乗り込むのはいいけど、オペラ歌手の人戦えるんか?って思ってたら案の定捕まってビビった。必死で逃げてるのに捕まるシーン、魔物の得体の知れなさと絶望感が出ててすごくよかった。全体的に魔物のデザインが前回よりかっこいいと思う。品があるというか。前回のはアイザックのセンスがヤバかっただけかもしれんけど。

第3話
 教会のマッチョの人(ミズラン?)、今回のアイザック枠ですかね。アイザックの成長の仕方めっちゃ好きだったからこの人の行く末も楽しみ。オルロック氏もカーミラ一派かと思ったら意外と冷静に戦局見てる感じで好感度高いですね(?)「自由!平等!友愛!」を叫ぶマリアが可愛すぎる。
 えぇ...エドゥアールの瞳やたらキラキラで印象的に描かれてるなと思ったらそういう...。魔物になっても心が残ってるのツラいな。悪魔精錬士が狙ってやったのなら鬼畜がすぎる。

第4話
 パーティ言い争い回。リヒターがまともなこと言ってると思ってたら、全員にリヒターが諭されて「リヒターなにも悪くないやろ...」ってちょっと同情した。
 ミズランとオルロックの同衾シーン、展開が早すぎてびっくりした。ヘクターとレノーアあれだけ伸ばしたのに...。まぁでもオルロック氏エロいからな、気持ちはわかる。リヒターの仇敵とはいえちょっと憎めないレベルでは魅力ある。ずるい。
 オルロックと邂逅したリヒターの狼狽、一見厭世的で大人っぽいリヒターの未熟さが如実に現れてていいっすね。今シーズン、展開早くて見ててかなり面白いです。戦闘方法もバリエーションめちゃくちゃあってすごいなと思う。

第5話
 会話回。司祭に自分の意見をぶつけるマリア。革命が正しいと信じて疑わないマリアは、まだ理想しか見えてない若者感があって良いね。成長の余地がある。
 むしゃむしゃ食べるリヒター、似合いすぎてるのでもっと見たい。永遠に肉食ってほしい。
 このリヒターは過去のトラウマという闇堕ちするにふさわしい素材を持っているので、今から既に5年後が楽しみ。原作通りになるとは限らないけど。ただ「俺の血が戦いを求めている...」みたいな堕ち方より、「この世界に吸血鬼は1人も要らない」みたいな厄介な正義に乗っ取られてそうだなと思う。
 待って最後に出てきた老人ジュストなの...?ノーマークすぎてひっくり返った。そのうち白夜ちゃんとプレイしなきゃな。

第6話
 前シーズンは「ドラキュラ一家の物語」って感じだったけど、今回は吸血鬼の恐ろしさや太陽への憎しみ、永遠への陶酔とかをじっくり描くことで「吸血鬼とは」を深堀してていい。
 ジュスト「常に邪悪が勝つ...」
 ベルモンドに有るまじきネガティブ...。まぁそれだけ闇が根深い表現にはなっている。リヒターの心の中もそう。てか湖畔のシーン美しいな。映像が本当に隅から隅まで美しい。
 リヒター覚醒シーンかっっっこよすぎんか!??過去に苦しめられてた青年が「今、守りたい人たち」のことを思って立ち上がる構成が熱い。ハチマキをすることで「これだよなリヒターは!!!」っていうのをファンに思い出させるギミックも効いてる。エンタメとしてレベルが高すぎるんよ...(泣)

第7話
 鳥に掴まって飛んでいくマリアの躍動感、さすがのアクションシーン。
 ヴァンパイアメシアに形だけ頭を垂れてるオルロック氏、疑いを隠そうともしない表情が好き。オルロックさんドラゴンドラゴン言われてるけどドラゴンなのか?たしかに瞳は爬虫類っぽい。情勢的にメシアに従わざるを得ないオルロック氏、やっぱりなんか憎めなくて応援したくなる。長生きしてるし余計な夢(世界征服とか)を見てない分、なんか精神的に安定してそうで安心して推せるんだよな。主人公サイドはまだみんな未熟っぽくてちょっとハラハラしちゃう。
 リヒターとアネット惹かれ合うの早くね...?もっとギスギスするかと思ってたらロマンスの気配でびっくりしたわ。仲直りしてよかったけれども。
 オルロック氏、目的のためにベルモンドに歩み寄れるの素敵だな〜。マリア捕まるのはなんかあれよ、可哀想だけど原作通りだと思えば納得かな。あの敬虔な色男が知らせてくれるのは意外だったけど。

第8話
 アクション神回。いかにリヒターVS吸血鬼の体術戦がかっこよかったか、マリアの身のこなしがどれだけ美しかったか、ヴァンパイアメシアの登場シーンの描き方がどんなに絶望感があって素晴らしかったかを力説したかったのだが、ラストシーンのアルカードの登場により感想は全て吹っ飛んだ。
 なんっっっなんこれ!!!!?????
 いや登場するのは知ってた、知ってたけどさ、前作のシーズン1みたいになんか探してたら棺桶起動させちゃったくらいの静かな出会いだと思ってたんだよ。なんだこれ!!??ベルモンドの窮地に突如として現れ、あんなにみんなが苦戦した吸血鬼を一刺しで絶命させる切り札っぷりを見せるなんて誰が予想できたよ!!!!しかもアニメ全体の作画向上の恩恵を全面に受けて、美しかったビジュアルがさらにありえないくらい洗練されている。衣装もかなり高貴なアレになっている。しかも三木カードだ...声優続投ありがとうありがとう...

リヒター「本物のアルカードなのか!?伝説だと思ってた...」
 私も(今回の本編にアルカードが出てくるなんて都市伝説のたぐいだと)思ってた。
 いやすげーなまだ8話だよ...?え...?
 もうマリア可愛いとかオルロック氏推せるとかそういう気持ちで見れないよ...アルカードがでてきたらそれはもう私にとっては彼が主人公なんよ...。ああ視聴のモチベ爆上がり。ほんとにお前はよぉ、私の人生をどれだけ掻き回してくれるんだよ...(歓喜)



まだ8話だよとか言っちゃったけど8話でシーズン1終わりだった。13話くらいあると勝手に思ってた。

いやぁ...最後の最後に爆弾投げて来ましたね...ひどいよこんなん...今作もアルカードが人気かっさらっちゃうじゃん…。

アニメ自体は台詞回しもキャラ造形も映像美もアクションの見応えもとんでもないくらいレベルアップしていて、これを見るためにネトフリに入る価値はあるなと思います。
またシーズン2配信されたら契約するからな。楽しみにしてるぜ!!
最近「仕事のモチベがねェ!!」と切に思う。

1年目はまず仕事覚えるのに必死で、同期に置いてかれることだけが怖くて、とにかく吸収することに全力を尽くしていた。
2年目はとにかく先輩の役に立ちたくて認められたくて後輩に追い抜かれたくなくて必死だった。

そして今、「そこそこ仕事の出来る3年目の若手」という安定したレッテルを得て、あんなに認められたかった先輩は異動し、後輩との関係も落ち着き(なにか溝があったわけじゃなくて私が一方的に意識していただけだが)、つまり『必死になるための原動力』が消えた。

毎日なんとなく退屈で、でも決して暇ではない。
新たな仕事が発生しても「この仕事を乗り越えたい」ではなく「ひたすらめんどくせぇ」としか思えない。

とてつもなく、マンネリ。


...まぁこういう気持ちになるのは初めてじゃない。
2ヶ月に1回くらい後ろ向きな気分が消えない期間があり、もっと言えば1年に1回くらいはクソデカ無気力感に苛まれる。精神がかなり感情ジェットコースターな人間なので当然の症状といえる。

そんでまぁ、時が解決してくれるんだよね。だいたい。
だから今すぐ焦ってモチベを得ないと死ぬ!!とまでは思っていないんだけど、でもまぁ、やるせない気持ちを抱え続けるのも辛いわけで。...私の1年は感情の波乗りで終わっていくのだ。楽しそうに日々を生きようとがんばっちゃいるけど、実際は結構悩んでばかりいる。そんなちっさい人間なんですよ。


「楽しいことは自分で見つけるものだ」と他人は言う。
そりゃそうだと、わかってはいる。
私だってなんの挑戦もしない甘ちゃんが「楽しいことがなくてェ...」とか言ってたら「まずなんか行動しろよ!」って言いたくなる。

でもね、そこそこ探したんですよ、これでも。
中途半端に色々やってきた自負があるからこそ、たまにくる無気力感への対抗手段がなくて絶望する。もちろん、この絶望は、これは気分の問題だ。時が経てば「人生は楽しいものだ」と思い直せるようになる...と冷静になれれば良いのだけど、「私は過去にあれもこれもやってきたけど、それでもこんな気持ちになることがあるのなら、人生ってクッソつまんねぇな...」と闇しか見えない視野狭窄に陥るからタチが悪い。今はその視野狭窄の状態である。


仕事がつまらないのと、人生がつまらないのとはベクトルの違う問題だと思う。ただ日々のうち仕事に割く時間が長いから、2つを混同してより項垂れてしまう。

もう闇を吐き出すしかない、と思って勢いだけでこれを書いている。


...ひたすらモヤモヤを書き出していると、一周まわって自分に自信がでてくる。

いやこんなに真摯に「楽しき日々」に向き合っている私が、つまらない人生を送るはずがなくねーか!!!???

その有能さで次々仕事を片付けろよ!ひとつの事にチマチマ関わっているから退屈になるに決まってるだろ!30分ごとに仕事を片付けて次に向かえ!!せっかく多彩な仕事に携わらせて頂けるような(訳:業務が幅広くて多忙な)部署にいるんだからむしろ手広く楽しめ!!!

視野狭窄は視野狭窄でも、自分に都合のいい自信だけが見えるようになる。望遠鏡で宇宙の闇から目を背けて太陽だけ見ているみたいだ。失明するわ。でもそれで明るい気分に戻れるならヨシだと思う。

そんな感じで薄氷精神綱渡り。
恐ろしいのはこのテンションの変わりようがシラフってこと。


明日もだましだまし仕事しよう。
いつか精神が元気なりますように。
悪魔城ドラキュラ グリモアオブソウルズの感想文です。
ここがよかった!!って語るだけ。

 供給があるたびに世界に感謝せずにはいられないほど大好きなコンテンツ、悪魔城ドラキュラ。グリモアが発表された当初はもちろん狂喜したし、ベータ版テストの動画(無断転載だったけど)を見たときも狂喜したし、絶対開発中止したと思っていたグリモアが突然配信を発表された時にはもう現実とは思えなかった。私の人生をいくらでも掻き乱しおる。愛してる。

グリモアのあらすじ
 有角幻也を主人公とする遠い未来の話。侵食された魔導書を救うため、魔導書に記述されている英雄を具現化させて戦うことに。悪魔城史のなかで唯一永遠の命をもって時代を渡り歩く有角幻也と、記述された存在とはいえたしかに召喚される歴代キャラクターたちの掛け合いが魅力(個人的に)。

まずは評価から。

操作性
 慣れるまで大変。IGAVANIAのサクサク操作性には程遠い。コツをつかめばタイミングよく避けたり攻撃したりできる。

ゲーム性
 日々アイテムGETしたりコイン貯めたりして、コツコツ育成するソシャゲタイプ。当たり前だけど家庭用ゲームのように一気にレベル上げができないので、どうしてもクリアまでに時間がかかる。好きな時に一気に進めたい人間にはこれが辛かった...。ぐいぐいステージクリアしていくと敵がどんどん硬くなって、ある程度武器や防具を育てて(育成に日数を費やして)からじゃないと次に進めない。あとステージ数も多い。中盤くらいは先が見えなくて割と苦痛だったかも。こっちはただ物語が見たいだけなんだよ〜なんで今日はこれ以上何もできないんだよ〜みたいな。まぁグリモア自体がソシャゲ移植みたいなものだから仕方ないけど。そこそこ武器や防具が強くなって操作にも慣れてくると、効率よくアイテムを確保できるようになり、ログインボーナスも楽しみになって楽しくプレイできたので、これはほんとに慣れと適性だろうなと思う。>

グラフィック
 良くも悪くもかつてのドットから刷新されている。モデリングされたキャラならではの楽しみ方(モーション一新、スキン変更など)があり、ビジュアル重視のオタクには嬉しい展開だった。あと各キャラの立ち絵が新規なのも嬉しい。あんまりそういう方面での供給は期待してなかったからさ・・・。脳内の悪魔城イメージが立ち絵1枚のみのGBA時代からアップデートされていないので、有角の立ち絵複数を見た時には椅子からずり落ちた。あと防具としてイラストカードを集めることができるんだけど、最高レア防具は歴代キャラクターをメインに据えた美麗イラスト。イラスト集とかすぐ買っちゃうちょろいオタクなので、こういうシステム嬉しかったな。好きなキャラのイラスト集めるためにめちゃくちゃガチャ回した。

ストーリー
 期待を裏切らない満足度。悪魔城ドラキュラというコンテンツと、紡いできた歴史と、キャラクターに対する愛を感じた。操作性が優先される原作ゲームでは描ききれない細かなキャラクターたちの心の機微をよく描こうとしてくれたなと思う。ここに集うのは、皆それぞれ不安も恐怖も運命も抱えていて、それでも善をなそうと魔王に立ち向かった者たち。そういう部分を「歴代キャラクターたちの会話」という形で具現化してくれるのがドラマチックで感慨深くて本当に良いなと思った。

 本当にストーリーが好き。満足度が高い。特に有角幻也を中心とする構成のおかげで、今までろくに自分のことを語らなかった/語られなかった有角幻也の解像度が爆上がりするんですよね...。彼は父のことをどう思っているのか、かつての仲間と再開して何を思うのか、永遠に続く運命をどう思っているのか、そんなことが全部語られる。私が悪魔城に沼ることになったきっかけ、「有角幻也」と出会って十数年、今まで妄想することでしか補完できなかった彼の“感情”が“公式から供給”されるんですよ。これ以上ない密度で有角幻也が描かれるんですよ。たった1人、十数世紀に及ぶ人類とドラキュラとの戦いを陰日向に暗躍し、時代時代で仲間と出会い別れてきた男の描き方として、「歴代キャラクターたちとの会話」以外に素晴らしい方法が見当たらない。最高の形で有角幻也が記述されている。これこそがグリモワール(魔導書)・・・!!

 有角幻也以外の視点で考えると、全体の流れも「悪魔城っぽい」感じで良かった。最大の懸念として、最終的に日食の封印が解けてドラキュラ復活〜という流れだったら1999年の戦いの神秘性が薄くなるのでヤダなーと思っていたので、魔導書から召喚された仮存在の蒼真を暴走させることで“ほぼドラキュラ”を甦らせる、という最終地点なのも、とても良かった。でもデス様さぁ・・・、そうまでして蘇らせた伯爵は本当に君が望む伯爵なのか・・・?


残りの感想はキャラごと。

アルカード/有角幻也
 プレイアブルキャラその1。感想は前述の通り。戦闘ではアルカードの姿になりがちだが、今回スキン仕様のおかげで、有角幻也のままでもクエストに行くことができるようになった。スキン集めるの楽しい。色んなアルカードの姿を見られるのオタクうれしいよ・・・。
 永い時を一人で生きるのは孤独でつらいのでは?という質問に対し、自分にはその時代その時代で仲間がいるし、こういう面白い現象(記述された過去の仲間と再会すること)にも会えるから、悲観する必要は無い的なことを言っていた。不老の者って命を悲観しがちだから、有角幻也がもしそんな思いに囚われているのならオタクとして心苦しいなと思わないこともなかったので、この回答には、ほんとうに、救われた。彼は孤独ではない。いつだって悪に立ち向かう善なる人を見出し、ときに共闘し、ときに見守る。アルカードが記述された仲間たちから愛されているように、アルカードもその時その時の仲間たちを頼もしく好ましく思っているだろう。彼は人類を愛した母の思いを体現している。それが確信できただけで、有角幻也という人物像への最大のアンサーをもらったなと思う。今作プレイして一番良かった瞬間はここ。
 操作性としては使いやすさトップクラス。機動性も火力も申し分ない。とにかく早くクリアしたかったので、他のキャラそっちのけで育成した。

シモン
 プレイアブルキャラ。最も高名なヴァンパイアハンターという評価に恥じぬ高潔さ。肝心な戦闘の前に演説で皆を鼓舞するところが、アベンジャーズにおけるキャプテン・アメリカみたいでかっこよかった。「明けない夜など決してないのだ。我々自身が、それを証明してきた。」っていうセリフが好き。高祖シモン万歳。「チームでドラキュラを倒した」存在が多いのに対し、単身悪魔城に乗り込み討伐したというのがやっぱりかっこいい。召喚順がシモン→子供マリア→シャーロット→シャノアだったので、英雄の女性率に面食らうかわいいシモンが見られる。機動性は低いが、耐久性と鞭の攻撃力が頼もしい。

マリア
 プレイアブルキャラ。12歳の頃のマリア。大人のマリアもサポートキャラとして出てくる。ふたりが仲良くしているところが姉妹みたいでかわいい。ハロウィン衣装とかPSP版衣装とか、スキンがかわいいのでつい集めてしまう。なんだかんだ悩みや重い過去を背負う大人が多い中、天真爛漫な性格は皆の癒しになっていたし、幼い身とはいえ「自分に力があるのなら大切な人を守りたい」という思いで戦うマリアの存在は輝いていた。
 大人マリアはサポートキャラ。ストーリーで窮地に陥っているところを有角が救いに行こうとして、シモンから「焦っているように見える。この時代のマリアはお前にとって重要な存在なのだな」と言われる。そういう存在に対してのアンサーがついに出てしまった・・・。じゃあ召喚された時もっと嬉しそうにしてくれよアルカード!! ちなみに大人マリアも子供マリアに対してアルカードの話をするくらいにはお互い惹かれ合っているみたい。有角の夢女はここの描写に致命傷を受けましたが公式がそれなら甘んじて受けるぞ。そもそも私の脳内夢小説は2035年を舞台としているのでアルカードとマリアの関係はノープロブレムです・・・たぶん・・・。
 二人のマリアが話しているのは姉妹みたいでかわいかった。

リヒター
 サポートキャラ。最も強大なベルモンドと呼ばれる。シモンとの邂逅で感激しているのがかわいい。闇堕ち前の時代のリヒターなのだが、のちの闇堕ち事実を知って結構凹む。これに関しては対策も何もないから心してもらうしかないよね・・・。それでもちゃんと受け止めるのがリヒターの強さだと思うよ。有角に対しての二人称が「あなた」なのが新鮮。二人のマリアに戸惑うリヒターも新鮮。
 思い悩むルーシーに対して、ドラキュラ討伐が怖くなかったわけではないが「大切な人を失って後悔する事の方が、ドラキュラよりもずっと怖かったんだよ」と言えるリヒター、まっすぐでいい奴だなと思う。
 ハイドロストームの全体攻撃と鞭の火力の高さが使いやすいので、途中からずっとアルカードとコンビにして使っていた。上昇移動に弱いアルカードをカバーするのにアッパーがちょうどよい。

シャーロット
 プレイアブルキャラ。遠距離から魔法で攻撃出来るのが便利で、序盤の難易度がぬるいステージはほぼシャロを使っていた。どーお?のコマンドは無い。ストーリーでも天才魔法使いっぷりを発揮して難しいことを喋っているのが良かった。頭脳派が少ないのだ、このメンツは・・・。
 召喚された時に「噂の天才魔法使いよ!」「存ぜぬが」「・・・かのアルカードにそう言われるとダメージ大きいわね」みたいなやりとりをしていたのがツボ。シャーロット、トップクラスに気が強い節がある。あの有角に対して「よろしくね。美貌のダンピールさん。大船に乗ったつもりでいて」と言える人間はもう他にいないだろ・・・。大人マリアでもアニメ版サイファでもここまで自信たっぷりではなかったと思う。そういうところ好き。かわいい。

ジョナサン
 サポートキャラ。ワイワイするような性格のキャラが全然いないので、ちゃんとやんちゃ若者枠として描かれていて安心した。明るい性格だから忘れがちだけど、シモンやリヒターとは違うベクトルで苦労しているんだよな。シモンに対して「ベルモンド家が消えたからモリス家は生命力を削って戦うしかなかった」って零す話は、当然の不満だよなと思うのでむしろ描いてくれてスッキリした。リヒターとは因縁(?)があるので、リヒターを前にすると緊張してしまうジョナサンが面白かった。

シャノア
 プレイアブルキャラ。クールなお姉さんだが、表情に乏しいだけで優しさは本物。組織に裏切られるという重たい過去を持つからこそ、独特な視点で話すという描き方がとてもよい。
 攻撃力、機動力ともに優れているので、アルカードを本格的に育成する前によく使っていた。

アルバス
 サポートキャラ。後半あたりで加入。原作ゲームでは悲しい最期を遂げたので、シャノアと再会して少しは幸せになってほしいなと、プレイ開始からずっと待っていたキャラ。いよいよ召喚されて、みんなの前に出てきたときの第一声が「・・・シャノア」。この一言で涙腺が死んだ。妹を一途に思う兄の邂逅のセリフとしてこれ以上の破壊力は考えられない。この瞬間、シャノアもアルバスもプレイヤーも救済されたと思う。
 その後も頭脳派が少ないこのメンツのなかでシャーロットと共に研究を請け負っていい感じに活躍する。原作ゲームでは正気のアルバスがそもそも貴重だったので、普通にお兄ちゃんキャラしてるアルバスはかなり新鮮だった。不遇の人気キャラ(だと思っている)が日の目を見た感じ。
 戦闘性能は火力が物足りない。シャノアが有能すぎるんや・・・。

蒼真
 サポートキャラ。序盤で敵として登場するので、各キャラ(特にベルモンド)の「なんだあの少年は!?」という反応が面白かった。私もまさか敵として登場するとは思っていなくてパニックになったけど。やはり覚醒しかけた蒼真にはヴァンパイアキラーが反応するらしい。

 この来須蒼真という青年に対しては私は有角以上に思い入れがあるんですよね。なにせ初めて触った悪魔城の主人公が彼なので。だから随所で来須蒼真を話題にしてくれるだけでもう嬉しい。敵とはいえ擬似魔王というおいしいポジションにいるのも最高だった。
 魔王化を防いで仲間にしたとき、「あんまりにも普通の男の子だったんで拍子抜けした」「あれだけ威圧感たっぷりだったのが、本当に普通のティーン」とか口々に言われているのが蒼真らしい。蒼真のセリフで一番心動かされたのは、「俺だって戦いたくはない。あの死線を彷徨うような感覚、思い出したくもない」ってやつ。本当に来須蒼真は、強敵に血が滾るような、力があるから人類を守りたいと思うような人間ではなくて、ここに集う英雄たちとは明確に一線を画して、「普通の少年」なのだなと思わせられる。

 敵として登場するというこのストーリーライン、来須蒼真という特殊な青年の描き方として大正解かもしれないな・・・。悪魔城史の中では割とメジャーなキャラだと思うしメインタイトルにもさも主人公ですって感じで載っているので、初期から仲間になってベルモンド達と共闘~という流れが王道のように思える。それでも敵対キャラとして持ってくることで、今まで描かれなかった『危うい存在としての来須蒼真』がフォーカスされているなと思った。私の中で来須蒼真が主人公(善なる戦士)であることが当たり前だったからこそ(過去作でも魔王化するIFルートはあったけど)、敵として出てきた衝撃は強かったし、倒し切って味方になったときの頼もしさ、嬉しさは大きく、こういう蒼真の描き方もいいなと思った。まぁとにかく、蒼真が原作ゲームではおまけモードでしか見せなかった魔王覚醒モードを惜しみなく披露してくれる今作、プレイする価値しかないよね。
 ちなみに蒼真最終戦はかなり苦戦した。ゲーゴスからの蒼真というボス2連戦。コンティニュー回数も限られるし、HP管理が今まで以上に必要。武器を強化して、攻撃を避けることを覚えて、硬い敵を地道に叩く。やっと勝てたときはそれはそれは安心したな・・・。でもやっとの思いで蒼真を加入させたとはいえ、操作は別のキャラに慣れきってしまっていたので、結局数えるくらいしかプレイしなかったのが残念。その他の感想は前述の通り。機動力はないが、火力はそこそこ。通常攻撃が大剣なのがまぁ蒼真くんって感じ。加入が遅いのでその頃には戦闘スタイルがだいぶ確立されており、使う頻度は低かった。サブストーリーの出番もなく、もっと他キャラとの絡みが見たかったなというのが唯一の不満。まぁ全体を通してほぼ魔王として大暴れしてたし妥当か・・・。

ラルフ
 最終章のタイトルが「悪魔城伝説」であり、ラルフを加入させてドラキュラに挑むことになるの、熱い展開すぎて火傷するかと思った。はじめてドラキュラを倒したとされるラルフの活躍は神格化され、やがて「悪魔城伝説」と呼ばれることに・・・という前置きがかっこよすぎるんだよな。
 忌み嫌われた闇祓いの一族を英雄にした伝説のベルモンド。蒼真と同じく加入が遅いので他キャラとの絡みも何もないんだけど、周囲からの評価がめちゃくちゃ高いので、それだけ神聖視されてるんだな〜というのは伝わってきた。ラルフと再会したアルカードがじんわり嬉しそうなのも良かった。

ルーシー
 今作のオリジナルキャラ。イケイケな人物が多い悪魔城キャラにしては珍しく、優秀なんだけど奥手で自己評価が低い。有角をはじめ英雄たちを尊敬しており、物語が進むにつれて精神的に成長する。こっそり恋愛小説を書いている。
 悩みをアルバスに相談する話と、珍しく弱気になった有角の悩みを受け止め、前向きにさせる話が好き。英雄たちも悩みや抱える思いがあるけれど、対話が人を癒し、成長させる。そういうことを教えてくれるキャラクターだった。キャラの掛け合いが魅力の今作において、とてもいい存在だったと思う。
 今作の「英雄を召喚」という行為は、ルーシーいわく過去からもってくるわけではなく、悪魔城の歴史から記述された情報をもとに具現化(再現)しているとのこと。だから有角以外のキャラクターは召喚士ルーシーの解釈によって再現された存在、ということになるのかな。それはそれで有角と大人マリアの関係を考えると「再会して嬉しいと思っているのは本物のマリアではなく再現された架空の存在であって、魔法が解けたら白紙に戻る空虚な存在・・・有角にとって残酷すぎん・・・?」と思うのだが、たとえ架空の存在で一時の存在であったとしても、有角にとっては本物であり、確実に長い人生での楽しい思い出のひとつになるのだろう・・・と思い込んで心の平穏を保つことにする。まぁ、そんなことはどうでもよくて、ただルーシーが「英雄を尊敬しているから、性格や思考を理解しようと努めた」からこそ、本物とたがわぬ英雄再現が可能だったという設定はとても好き。ルーシーの姿勢はこの物語をつくったスタッフの愛に匹敵するというかイコールというか、、ルーシーがいたからこそこの夢のような作品を楽しむことができたんだなって。

 ちなみにクリアするのにかけたログイン日数は900日くらい。
 無駄にログインだけしていた日数がかなり多いので参考にはなりません。

 中盤進めるのが苦痛で2年くらい放置していたけど、キャッスルヴァニアの新アニメ前にはクリアしたいなと思って再開し、(間に合ったかどうかは別として)どうにかストーリークリアできてよかった。ハードモードとか武器集めとかやり込み要素はかなりあるけど、もうさすがに手が回りません・・・。これがAppleアーケードでほんとによかった。課金前提のソシャゲだったらクリアできていた自信が無いからね。これでようやく解約できる。(←プレイしてない期間もずっと解約できずにいた人)
 いつかストーリー部分だけでも家庭用ゲームに移植してくれたらいいなと思います。それくらい悪魔城の歴史に刻んで欲しい物語だった。勢いで有角と蒼真のことばかり書いてしまったけど、各キャラへの描写が細かくて、愛を感じた。コナミさんありがとうございました。
登山から帰ってきて早々仕事がごたついて日記どころじゃなくなったのだが、日を経るごとに感動も書きたいことも消えていってしまうので焦って今これを書いている。



 とにかく高いところが好きだ。高いものを見上げるのも、高所から見下ろすのも好き。
 自分が住んでいる東海地方付近に、日本一高くて整備されている山がある。
 登る動機には十分だろう。


 たとえ雨でも霧でも、禁止されない限りは登るつもりでいたけど、やっぱり晴れた富士山に登りたいに決まっている。自分は別に天気に運がいい方ではないし、今までの旅でも悪天候ばかり引いてきた。それでも「山の天気は最後まで分からない」とあんまり良い意味では使われない言葉に縋って毎日天気予報をチェックして、出発までの2週間は祈り続けていた。ちょうど梅雨真っただ中で曇天が続き、憂い事がなくても気持ちが沈むような日々だ。不安を抱えながら過ごす6月後半、「なんとなくしんどい」状態が続いてつらかった。
 だからこそ、登山日の7月2日、青空が見えたことがどれだけ嬉しかったか。いてもたってもいられずに登り始めた。もちろん道中はめちゃめちゃしんどかったけど、『予想以上の晴天の中、心置きなく登山ができる』ことに、最高に充実を感じていた。


ここから時系列順に書きたいことを書いていく。

7月1日
 自宅を出て名古屋からバスで静岡県へ。高山病がなにより怖かったので、初日は富士5合目で一泊し、2,000m級の高所に体を慣らす。そして2日目は8合目の山小屋を予約済みという、なんとも時間と金をかけた旅程。恥ずかしい話だが富士山のことを何も知らずに「とりあえず山小屋の予約さえ勝ち取っておけば困らないだろう」の精神で組んだので、かなり余裕ありまくりのスケジュールになっていた。だって登るのに11時間くらいかかるんじゃないかって本気で思っていたんだよ・・・5合目から6時間で登れるってガイドブックで読んだ時にようやく自分の異常さに気が付いた。

 バスからバスを乗り継いで富士山に近づいていく。
 途中でふと読んだネットニュースに「今年の富士山は7/10からお鉢巡り解禁」の文字。えっ7月10日???と二度見。そして真っ白になる頭。お鉢巡りとは、富士山山頂の噴火口をぐるっと一周すること。そのお鉢巡りにも高低差があって、道中に3,776mの日本最高峰ポイントがある。雪解けと登山道の安全確保が出来ないという理由から、とりあえず山開きの7/1~7/9までは解禁しないらしい。・・・ということは、私は「日本最高峰」看板にも会えないし、そもそも3776mに到達することもできないってことだ。いやいやいや登る意味あるそれ!?日本で1番高いところに立つために来たんだが!?
 己の勉強不足を棚に上げて憤慨する。そりゃ7月初旬が「登山者が比較的少なくて穴場!」とか言われるわけだ。そもそも梅雨シーズンだし、数ある登山道のうち一つしか解禁されてない時期だし。だから私でも山小屋の予約が取れたわけだ。あぁ、大人しくハイシーズンに計画しとけばよかったものを。でも少しでも人混みのない可能性をつかみたい気持ちも確かにあった。
 このときの天気は曇時々雨。富士山の姿は分厚い雲に覆われていて、明日の天気も疑わしく、なんとなく憂鬱な気持ちで次のバスを待った。

 最後のバスで「富士スバルライン5合目」へ。車でいけるのはこの5合目まで。吉田ルートと呼ばれる登山道の入口であり、土産物が売っていたり宿泊施設があったりと、ちょっとした町みたいになっている。ちなみにバスは満員だったが、日本人は誇張なしに1割くらいしかいなかった。
 バスが5合目に近づくにつれて、体の異変を感じた。バイクで長距離かっ飛ばしたあとみたいな、身体中の血液が巡りきっていないような、ふわふわした感じ。朝が早かった疲れとか、いよいよ登山口が近づいてきた緊張とか、5合目で既に標高は2,000mを超えているから高山病の初期症状なのかもとか、色々原因がよぎる。とりあえずお茶を飲んで深呼吸して隣の人にバレない程度に鼻歌をうたって気を紛らわせて、深刻化しないように祈った。なんとなく変だ、くらいの違和感なら、宿泊施設に着いて休んでいれば治るだろう。もし悪化して本格的に高山病になってしまったら、山を下りるまで治らない。「お鉢巡りやりたかったなー」なんて脳天気なことを言っている場合ではない。気を引き締めないと登山すらままならいことを実感した。

 食堂でカレーを食べて、登山挑戦記念になぜか友人に手紙を書いて5合目の郵便局に出して、神社で登拝守を買って、宿泊施設(カプセルホテル)にチェックイン。やることもないし、とにかく体調を治したかったので、酸素ボンベを時々吸って、18時には布団に入った。・・・ただいくら朝が早かったとはいえ、1日バス移動だけしてきた人間がそんな時間に寝られるはずもなく、「寝たいけど寝られない」戦いを続けて、寝ては起きてを繰り返した。


7月2日
 事前に作ったスケジュールでは6時には登山開始のつもりだった。だが寝ては起きての攻防がいい加減耐えられなくなって、3時にもう起きることにした。着替えて荷物を詰め直し、いざ、登山口に入ったのは4時26分。

 夜明け前。まだ薄暗いというのに登山客はまばらにいた。体調は問題なし。頭痛も消えている。夜に降った雨で地面は濡れていたし、空も雲に覆われていたが、徐々に明るくなって世界の色彩が濃くなるごとに、青空の面積が増えていった。雨が降っていない、自分の体調に問題が無い。たったそれだけのことがなんとも不思議で、ありがたかった。立ち止まっているより体を動かしていたくて、無心で歩き続けた。


 6合目に着いた頃から、平坦な道が終わり、坂道が始まる。


 空はすっかり晴れて、何もかもがよく見えた。


 7合目手前くらいからガレ場と岩場。急登に息が上がる。

 時間だけは余裕があったので(山小屋を予約しているから今日中に下山する必要もない)、とにかく疲れすぎて潰れることが無いように、他の人に抜かされるのも構わず、ちょっと登っては休憩してを繰り返した。冒頭にも書いたが、こんな良い天気に恵まれ、憂いなく登ることだけに集中できる『充実感』が幸福だった。遅いペースでも確実に進み続けているサクセス感があり、時間的な心の余裕があり、体調もよい。純粋に登ることを楽しめる。自分を信じて進み続けられる。こんな素敵な登山はそうそうない。
 今思い返しても ”良い時間だった” と心から言える。

 7:45、8合目(3,020m)に着く。ここまでくると肩で息をしているのが当たり前になってきて、登るから疲れるのか、酸素が薄いから息が上がるのか、そんなことを考える余裕もなくなってくる。ちょうど同じペースで登ってきていた見知らぬ英語圏ニキを勝手に心の中で応援しつつ、仲間意識を持って登り続けた。

 9:42、長かった8合目ゾーンを抜ける。
 10:00、9合目。写真を撮る余裕もない。
 11:00、富士山頂に届く。

 山頂についたときは、「あ、ここで終わりなんだ」と思った。随分あっさりした感想。9合目から山頂まであんなにきつかったのに、達成感よりも先に、旅が唐突に終わった驚きがあった。本来なら神社に郵便局に山小屋にとにぎわっていたであろう山頂は、お鉢巡りが解禁されていないせいか全ての建物が閉まっていて、廃墟の町にたどり着いたような気分だった。


 山頂からの景色。飛行機から見ているような空の青さ。雲の上。

 日本一高いところでポテチの袋がどれだけふくらむのか、気になって持ってきていたけど、山頂でザックを開いたらいつの間にか破裂していた。仕方がないのでそのままパーティ開けしてぼりぼり食べた。山頂は寒かった。夏のギラギラした日差しが照りつけるのに、空気はひんやりしていて、風は凍てついている。登るときは汗もかくし涼しい格好をしていたけど、景色を眺める間は雨具を羽織った。


 夢の1つを達成した気持ちで下山を開始する。8合目で山小屋を予約してるっていうのに、登ることに集中しすぎて結局山頂まで行ってしまった。山頂から美しい青空が見られたことにかなり満足していたから、後悔はしていない。ただ8合目~山頂までの道のりは本当に大変できつかったので、ご来光のために翌朝登るのは止めよう・・・とぼんやり考えていた。


 下山中、下界の景色がはっきり見える瞬間があって、何枚も写真を撮った。
 富士山は南アルプスみたいな連なる山とは違って、山に囲まれているわけでもなく、麓には山梨の町が広がっている。頂上から海抜の低い平地まで一気に見下ろせる景色が不思議で新鮮でたまらなくて、じーっと見入っていた。今見ても空気が綺麗すぎる。なんてクリアな景色なんだ。


 さて、素敵な登山だったわけだが、残念ながら良い思い出だけでは旅は終わらない。

 本8合目まで下山し、予約していた山小屋にチェックインする。14時ごろだったと思う。カプセルホテルと同じ大きさのひとり部屋。今どきの山小屋は雑魚寝じゃなくて一応部屋がある。あったかい布団もある。さすがに登山の疲労があって、とりあえず布団にダイブして昼寝した。

 日が暮れる頃、夕食の時間。寒すぎてダウンを着る。夕食の最中に山小屋の人が「山頂で日の出を見る方は深夜2時頃には起きてアタックする必要があります」と解説してくれる。寒さでかなりテンションが落ちていたので、山頂でご来光を見ようという気にはならなかった。日の出を見るだけなら山小屋からでも十分だろう。

 夕食を食べても寒くて、ダウンを着たまま布団に入った。寒かった。
 夜中、なんか嫌な汗をかいて目が覚める。
 上体を起こすと嘔吐感。やべぇと思ってとりあえず深呼吸する。頭痛はないから、高山病ではないと思うが、全身汗をかくくらいには暑いのに、身体の芯はぞくぞくするほど寒い。体温調節機能がバグっている。これはそう、熱が出た時の感覚ではないか・・・。まだ軽い高山病の方がマシだなと思いつつ経過を見る。目眩がする・・・気がする。狭い天井を見上げて、こんなところで高熱だしても助けなんか呼べないし、ボロボロになりながら下山するしかないし、そもそも下山できるほど気力あるのか、ああ午前中だけで山頂行けたんだから、山小屋は諦めて下山すれば良かった・・・なんて一気に不安が湧いてきて、パニック起こすかと思った。
 それでも布団の中でうずくまっていても気分は変わらないと思って、思い切って外に出た。トイレにしばらくこもって(腹が痛かったので)、ありがたいことに売店が24時間やっているので、ホットココアを飲んでから寝床に戻る。トイレまで歩いてみた感じ、熱っぽいわけではなさそうで少しだけ安心した。それでも気温の変化に体がついてきてない感じはするので、明るくなったら無理せずとっとと下山しようと思った。

 睡眠中は呼吸が浅くなるので、高山病のリスクが高まるという。ただでさえ山小屋という建物の中は、外に比べて酸素が薄くなりがちだ。隣の寝床の人も、ずっとうなされてて苦しそうだった。改めて、ここは標高3000m越えの極地、誰もが体調万全とは限らない、平地とは違う極限空間なのだと思い知る。ちなみにこのとき、スマホのメモアプリには「グロッキー山小屋」とだけ書き残していた。


7月3日
 次に目が覚めたのは朝4時。自分でかけたアラームで目が覚めた。
 山小屋に残っているのは、体調が悪そうなメンバーを抱えたパーティと自分だけ。他の人は夜明け前に山頂を目指してアタック開始したのだろうか。もう知る由もないけれど。

 芯まで凍えるような寒さはなくなっていたが、やはり不安の方が大きくて、日の出と共に下山しようという決意が固まっていた。荷物を準備して、日が昇るのを待つ。一人で見る日の出の感想は大体いつもおなじだ。きれいとか感動するとかじゃなくて、「今日が明るく照らされたことへの安堵」これに尽きる。

 のんびりしすぎると山頂からご来光を眺めた人々が下山するピークに巻き込まれると思って、明るくなってそうそうに山小屋を後にした。「お世話になりました」ってスタッフさんに挨拶して、下山道(8合目以下は登りとは違う道を行く)に向かう。昨日は登ることが生きがいでやめられないって感じだったのに、今はとにかく、下界が恋しい。不安になるくらい焦っていた。
 それでも日は登るし、今日も今日とて良い天気だ。気持ちとは裏腹に、景色は色鮮やかで幻想的で現実味が無かった。不安を抱えながらも、どうしても景色に魅了される。異世界にひとり取り残されたような寂しさがあった。


 朝日、赤土の道、青空、下界の緑、雲海・・・。全てが鮮やかで美しい。風も穏やかで人の気配もなく、喧噪も木々のざわめきもない、本当に静かな時間だった。

 眼下に樹海が広がっていて、あんなにはっきりと緑が見えるのに、歩いても歩いても森が近くならない。こんなに緑が恋しくなるなんて思わなかった。あとどれくらい歩けば森にたどり着けるか、そんなことばかり考えていた。
 
 そうして2時間くらい経った頃だろうか。もう「あとどれくらい~」とか考えることにも疲れてほぼ無心で人気のない道を下り続けていたとき、ふいに鳥の鳴き声が聞こえた。はっとして見渡すと、新緑の木々が生えている。取るに足らないただの木立なのに、「木が生えるところまで降りてきたんだ・・・」という感動がじーんと胸を打った。泣きそうになるくらいの衝撃だった。今回の旅について、最も深く残る思い出は、幸福さえ感じたアタックの充実感でも、素敵な景色でも、ましてやグロッキー山小屋でもないと思う。必死で下山する中、木立を見つけて、“緑のある世界に帰ってきた”と思った。地に草が生えているのが、木々が根付いているのが嬉しかった。生き物がいるべき場所という感じがした。
 進み続けるにつれ、森は深くなる。湿った土の匂い、雑木林の涼しさ、草むらの匂い、そんなものを感じながら、森が好きだなぁと思った。


 7:00、5合目に戻ってきた。下山が完了した。
 ケガもなく、深刻な体調不良もなく、一人でよくやったと思う。


 その後はバスで新宿に出て、とりあえず銭湯に行って、新宿アニメイトでちょうどコラボショップやってる推しコンテンツのグッズを買い込んで新幹線で帰宅した。富士山を経てもなお推し活に割けるエネルギーがあって良かった、というよりは、オタクだったから帰りも楽しめて良かった、というべきか。推しの等身大パネルを見てしまったらエネルギー湧きまくるに決まってる。



総評
 今までのアウトドア経験をつぎ込んだ集大成みたいな旅だった。靴擦れ予防のために少しでも違和感を感じた時点で絆創膏を貼るとか、行動食をこまめに取るために常にポケットにチョコレートを入れておくとか、限られた積載量のザックに2泊3日分の荷物を詰め込む方法とかね。過去の経験が自分を支えているみたいで嬉しかった。こういうことの積み重ねがあれば、憧れの「肝の据わった人間」に近づけるだろうか。

 旅のお供に「星野道夫」という写真家のエッセイ集を持っていたのが功を奏した。アラスカの自然を愛した筆者の自然観が、富士山という未知の自然に挑む自分の視点とリンクして、全然違う世界の話なのに没頭できた。旅に持ってきた本がマッチするというのは、けっこう嬉しい体験である。自然に触れると、たとえ普段は都市に暮らしていても、大自然にも自分と同じ時が流れていると思えるような想像力を得られる・・・という話(かなり要約してるけど)が特に好きだった。今こうして私が3時間かけて日記を書いている間にも、あの富士山の山小屋には誰かが泊まり、山頂では風が吹きすさぶ。その光景を想像できるだけで、なんだか世界が広がった気がするのだ。


 新しい世界を通り抜けた自分は、少しだけ強くなれたような気がする。強くなるために登ったわけじゃないけど、登って良かったと思う。全体的に、言葉にするのを諦めるほど景色が良かった。いま見返しても、ファンタジーかよってくらい美しい。きっと時が経てばグロッキー山小屋のつらい記憶も薄れて、ただ「きれいな登山だった」という思い出だけが残るだろう。それはそれで寂しいよね。辛いも、苦しいも、飲み込んだうえで帰ってきたのにさ。だからこそ、こうして日記を書き上げられて良かった。ここまでやって、ようやく私の旅は完成する。
 おつかれさまでした。
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