1月
同じコンテンツ(あくねこ)を推してる友人と定期的にオンラインでゲームするようになる。ゲームも楽しいし、次々くるコンテンツの供給について毎週お話しできるのがかなり楽しい。個人的には、違う冬のぼくら、犬犬、It takes twoが楽しかったな。今はスーファミのドンキーコングシリーズを2人協力モードでやってます。
2月
遠方の友人に会いたいがために突貫で高速バスに乗って会いにいく。そして現地のアニメイトで完売必至だったグッズを偶然見つけて買い占める。いつなんどきでもブレないオタク。
あくねこのメインストーリー更新で、今後数ヶ月に渡って推しメイン回が配信されることが確定。(コンテンツの性質上、最終的には一件落着になるとは思っていたが、)己のメンタルの安定のため、想像しうる一番つらい展開を限界まで妄想し、メイン回の展開を自作する。自分で書いて勝手に自分の中でメイン回を終わらせる。やば。2024年の苦しみはここから始まってたのか。
3月
あくねこが2.5次元ミュージカルになることが決まり、最初は「2次元を実写にするなんて...」とアンチしていたものの、衣装のクオリティを見てテノヒラクルーする。ゲーム先行でチケを取る。最終的にあくねこミュージカルにどハマりしてるので、ここでテノヒラクルーしてなかったらと思うと恐ろしい。
たまたま気が向いて買ったSFアンソロジーがめちゃくちゃ面白くて、「読書って、SFって、やっぱり面白いんだ!!!」と目覚める。その勢いのまま、DUNE砂の惑星
の原作を買い始める。
仕事では4月からの上司の異動が発表され、実質私が部署での在籍最年長になることが確定。表面上は「まぁなんとあなるでしょ」とヘラヘラしてたけど、内心はプレッシャーと、もうあの上司に頼れないという不安でぐらぐらしていた。
4月
毎年4月は仕事の話をせざるを得ない。ただでさえタスクが多いのに、新しい上司のフォローと「もう頼れる人がいない」不安との戦い。毎年思うけど、よく生きてたな。メンタルは当たり前だけど生存ギリギリラインなので、頭の中で推しに助けを求め、推しに励ましてもらう文章を無限に生成していた。自給自足でメンタル保てるこの才能、私は好き。
人生で初めて友人の結婚式に参列する。素敵な式だった。その翌日、鬱の限界になってる友人の家を尋ねる。元気になるといいな...と思った。落差が激しすぎてこの2日のこと強烈に覚えてる。
5月
人生初の人間ドック。何一つ異常はなかった。特段楽しくはなかったので(何を求めて受けたんだよ)、あと10年は別に行かなくていいかな...。でも胃カメラを麻酔でやったので、薬で眠くなる体験ができたのは良かった。
ストレス溜まって突然「登山したい!!!」と勢いだけで行き先を決定して登った山が楽しくて綺麗で楽しくて、太陽に照らされる岩肌も、山脈の向こうに映える青空も、登りたくない急傾斜も、全部が全部輝いて見えた。精神的にも季節的にも「冬が終わった」ような実感があった。その翌週、異動してしまった上司と飲み会にいく。この登山と飲み会の2つは、4月の苦境を乗り越えたご褒美みたいで嬉しかったんだよな...。
6月
あくねこのミュージカルを観に行く。いままでアプリと己の頭の中にしか無かった世界が現実に存在するのを目の当たりにした。衝撃的すぎてどうしてももう1回観たくて、会場を出た途端に翌日分のチケを取った(取れて良かったマジで)。そして千秋楽もオンライン配信で観た。その半年後にBluRayが発売するわけだけど、発売前の再配信とかBluRayで観た分とか含めると、この1年で7回以上観たことになる。いくら好きな映画でも7回はさすがに観ない。それだけ受けた影響は大きかった。
7月
鬱から回復した友人と飲み会する。お互いアホほど飲み食いしてグロッキーになる。学生かよ。でも楽しかったな。
2月から続いてたあくねこの推しメイン回がついに最終話を迎える。作中では推しが死にかけて、最後の最後にどうにか戻ってきてくれたのだが、真っ先に出た感想が「一緒に生きていけるのが嬉しい」だった。絶対もう離さないからな。私(の脳)が死ぬときまで居てもらうからな。
親知らずを抜いたら歯茎が腫れて咀嚼がきつくなり、1週間くらい流動食生活になった。離乳食からスムージーまで、色々試してたからちょっと楽しかったな。
横浜に2泊3日で旅行に行く。みなとみらいは青空が映えて、なにを撮っても綺麗な写真になるのが楽しかった。中華街食べ歩きも楽しかったな。展示されてる船を見て心躍ったので、私やっぱ船とかマリンモチーフ好きだな〜!!と思った。
8月
あくねこの季節イベントが始まる。「クルーズ船旅行」がテーマで、先月「船好きだな〜!」と思った矢先だったので爆笑した。船に心を奪われてどうしてもディズニーシーのコロンビア号に行きたくなり、友人を誘う。実際に行けたのは9月のことだけど、船を見たこと、船内ラウンジを楽しめたこと、単純にディズニーシーを楽しんだことは、夏のいちばんの思い出である。この時買った船のトミカは宝物。
お盆周辺は野営だった。長期野営はキツいし行く前のメンタルの落ち込みも半端ない。今年のよく乗り越えたことランキング上位に入る。キツすぎて今振り返るまで忘れてたよ。
9月
5月に登った山が忘れられなくて、次の登山に行く。適当に歩きすぎて遭難しかける。この件はnoteに書いた。この「今回はやばかったけど、次はうまくやる!」というメンタルはなかなか上等だと思う。(馬鹿とも言う)
9月後半も仕事の繁忙期。突然提出を求められた数字に対して、過去の記録から逆算できる計算式をエクセルで手作りするなど、有能ムーヴできた自分に満足...した記憶しかなく、その他何をやっていたのかもう覚えてない。
10月
朝ランニングを始める。なぜなら「あくねこのキャラたちに応援してもらう展開」を無限に妄想したいから。この件もnoteに書いた。9月の繁忙期を乗り越え、エネルギーをぶつける先を血迷ったとしか思えない。
あくねこで普段より高額なガチャが期間限定で実装され、課金するか丸1日悩んだ結果、「どうせ引かない選択肢は無いんだから、悩むのは時間の無駄!!気持ちよく金を使え!!時間を浪費するな!!」という結論に至る。まぁ、悩む時間は何の役にも立たない、行動と結果が全て、という考え方は嫌いじゃないぞ。そのお陰で12月は爆速で課金し、間隙なくコンテンツを隅から隅まで楽しめている。
11月
朝ランニング継続中。ランニングのタイムを測りたくて結局スマートウォッチを買う。ランニングしてるときは大変助かったけど、マラソン大会終わったあと持て余すことまでは考えが及ばなかったよ。
あくねこの12月発売グッズが発表され、クリアファイルの絵柄が大変素晴らしかったのでぜひ額縁に入れて飾りたいと思い、発売12月だっつってんのに額縁を注文して手に入れる。
仕事では大勢の前で発表する役目があり、「こういうのは堂々としたもの勝ちなのだ」のメンタルで乗り切った。「話し方が良い」と方々に褒められたのが嬉しかったな。ちゃんと発表の練習をしたお陰だね。不真面目でぶっつけ本番だった学生の頃からは考えられない優秀さ(ドヤ)
なお11月にも登山にいく。今回は迷わなかった!(当たり前)
12月
寒さに負けてランニングをサボりがちになっていたが、マラソン大会はどうにか無事に終わった。よくがんばった。また同じことやれって言われたら無理だと思う。でもマラソン大会後に運動量をいきなり落とすのは怖かったので、通勤方法をバイクから徒歩多めになるよう変えた。上司からは「バイクをやめる...!?なにでくるの、走ってくるの...!?」とビビられた。
悪魔城ドラキュラとコラボしたヴァンサバにハマる。どれだけあくねこに陶酔していても、悪魔城は無限に摂取できますからね。
久々に鹿肉の解体に誘われる。冷凍庫が鹿肉でいっぱいになったが、やはりやりたいことができるのは楽しい。そういえばこの解体もね、やろうと決心したのは、あくねこの推しの趣味が狩猟だからなんですよね。君のおかげで人生はかなり幸福だよ。
総評
3月の読書欲覚醒から始まり、結局年間で15冊は読んだ。年5冊読んでたらマシな方の自分としては、本当に異色。まぁ砂の惑星が巻数多いだけっていうのもあるけど。なお9割がSF。自分の好きなタイプの小説が読めることの幸福を改めて知った。来年も好きなだけSFが読めるといいな。
年間、意外と色んな友人と遊んでるなと思った。かつて例の異動しちゃった上司から、「君は2人だけで遊ぶ友人が何人もいるのが良いね」と言われたことがある。たしかにそう。たまに立て続けに遊ぶ予定が連なって忙しくなるけど、色んなタイプの友人と深く遊べるのは幸せなことだなと思う。何より、誘われるうちが華だからな。友人付き合いに労力は惜しみたくない。
思ったより文章のほとんどがあくねこの話でウケる。それだけ元々大好きだったのだが、ミュージカルを経て世界観への没入度が格段に上がった。取り返しがつかないくらい溺れてるし、脳内にはすでに世界がある。じゃなきゃランニング鼓舞妄想はできまい。私は、現実とは違う己のための世界が脳内にあることは、精神安定剤としてとても重要だと思っているので、この溺れ具合には肯定的。「推しと一緒に生きていける」喜びは、現実を生きる活力になる。一度コンテンツのサ終を経験した人間は、この辺りの覚悟の決まり方が違うんだよな。これからもよろしくな。
仕事は4月〜5月は新体制に慣れるまではキツかったけど、タスク自体は過去にやった事があるものばかりで苦労しなかったので、残業は格段に減った。その分プライベート(オタ活と読書と登山)を充実させられたし、ボーナスタイムみたいな1年だったなと思う。来年はどうなるか想像つかないけど、自分の時間を取れるような人生にはしたいと思う。
心に栄養があれば、なんとかなる!
好きなことはとことん追いかけろ!
来年も新しいものを摂取して成長したい。
おつかれさま!
車を出発して30分。既に道が分からなくなった。整備された登山道だから適当に歩いていけばわかるだろうと、慢心していたことを思い知る。登山者っぽい装備の人達はみんな右の道を進んでいるが、私のスマホは左の川沿いに進めと指し示していた。たぶん行き先が違うからルートが異なるのは当然なのだが、問題はスマホが示す先に道がない、ということだった。
GPS機能をフル活用してそれっぽい方向に彷徨い、「これは道か???いや踏み固められてはいるけどさ…」と思い続けながら歩いた。途中「⬆鎌ヶ岳」と書いてある看板があり、たしかに私のいる場所は登山道の一部ではあるのだとわかったが、それにしてももう何年誰も通ってないんだよ…という潜み具合だった。
歩く先は、道というより山。目印らしきカラーテープを頼りに、かろうじて道だろうなと思える場所を登り続ける。登山はこういう急登がいちばんきつい。尾根に出てしまえば登山道も方角も明白だし体力的な辛さも和らぐが、疑心暗鬼になりながら斜面を必死で登るというのは、精神的にも体力的にもかなりきつい。
滑落しないように、なるべく木の根元(根が土を固定しているので地滑りしにくい)を踏んでいく。いつ足を滑らせても体を支えられるように、木の幹や岩を握って登っていく。登山用の手袋が、今日ほど頼もしく思えたことはない。
角度はかなり急で、しかも私以外に登山者がいるとは思えないほぼ廃道。滑落したら誰にも見つけてもらえないんだろうなと思うとゾッとして、改めて自分がいかに無謀なことをしているのかと考えた。それでも登り続けてしまうのは、なんでだろうな。登山がやりたくてやってるんだから、“進むのが不可能”ならまだしも、“たぶんちゃんと進めている”状態で止めるほうが難しいといものじゃないだろうか。
あとプラスに捉えられた理由はこんなところだと思う。
・自分以外このルートを使ってる人がいない!景色も登山道も独り占め!状態が楽しかった
・子どもの頃、山で遊んでいた経験(道がない山の歩き方とか)が活きてるみたいで楽しかった
・帰り道は違うルートになるので、この急登が1回きりの通り道だからこそ許せるところがあった
ソロ登山は格別だと思う。
もちろん事故った時に発見される確率が低いので、あんまりおすすめされない世界なのはわかる。私だって友達がソロで登るって言い出したら、よほどその子のスキルが信用できない限りは止める。それでも、1人で無心で登ることは、誰かのペースに気を配らなくて済むし、自分の好きな時に立ち止まれるし、いつの間にか自分と向き合うことになる……そういう世界を知ってしまうと、案外ソロで登ることが娯楽になってしまう。この楽しさは周囲に人がいなければいないほど深くなる。
登りながら、ソロ登山とはちょっと違うけど、1人でやばいルートで登る人を描いた「バリ山行」(著:松永K三蔵)のことを思い出していた。正規の登山道を無視して、あえてとんでもないところから登山する「バリ」。今日の私のルートはほぼバリかもしれないと思いながら、「バリはソロじゃなきゃ」という作中のセリフに共感していた。自分だけで、道を探し、登り方を考え、自分のことだけを考えて進む…。世俗から離れて登山にだけ没頭できているみたいで、気持ちがいいんだよな。
今日は天気が良く、青空を背景に周囲の山脈がくっきりと見えた。登山道は険しかったが新緑と岩と野の花の色彩が鮮やかで美しく、見渡す限り自分と自然しかない世界で、なんて贅沢な登山なんだと噛み締めながら歩いた。
そんなわけで急登を抜けて尾根を通り、さらに滑落したらやばそうなガレ場を登り、鎌ヶ岳の山頂に着いた。
山頂はメジャーなルートから登ってきた人たちでそこそこ賑わっていた。登路では全然誰ともすれ違わなかったので、人気のない山なのかと思っていたが、次から次へと山頂に人が来て面食らう。
山頂は狭くて長居すると迷惑だったので、休憩もそこそこに出発した。ここから縦走して御在所に登り、帰りはロープウェイでスタート地点に戻るというのが今回のルート。鎌ヶ岳〜御在所はメジャーなルートだそうで、ここからは多くの登山客に出会った。
鎌ヶ岳と御在所は岩の性質?が脆く、登山道も砕けた岩や砂(ガレ場)が多い。つまり滑りやすい。富士山の斜面みたいに砂利まみれって感じ。滑落との戦いは山を下るときのほうが大変になる。ガレ場に足を取られないように、みんなおっかなびっくり下っていた。
私も本日の初危険場面がこの下りだったらおっかなびっくり降りていたと思う。だが、そもそも道がどうか怪しい急登で、掴んだ岩が剥がれかけたり、マムシに遭遇したり、落ちないよう祈りながら渡ったりしてきた経験から、鎌ヶ岳から降りる程度の難易度では動じないほど腹が据わっていた。岩や木の枝を掴み、道に対して斜めに体重をかけることで滑りやすさを殺す。はたから見たら別に特段速く降りてたわけではないかもしれないが、自分史上いちばんスムーズに下山できた気がした。ストックもない(そもそも手袋しか持ってきていない)身軽な装備で、これから鎌ヶ岳に登る人達の間を縫ってすいすい下山する。これがまた、なんだが自分に登山スキルがそこそこあるように感じられて嬉しかったんだよな。(慢心のもと)
そうこうして、無事に御在所に到着し、さすがに疲れたので写真もろくに撮らずとっととロープウェイに乗った。登山のあとはご飯よりも温泉に入りたい派なので、ロープウェイ駅付近の日帰り温泉に早速行った。幸せだった。ロープウェイ駅で売っていた「大石焼き」という堅焼きが意外とおいしくて(山椒の葉が効いてて独特な味。山椒好きには堪らない)、追加で5枚くらい買った。食べながら帰り道を運転した。
運動したい!登山したい!っていう願望を叶えるには十分すぎる1日だった。無謀なところもあったけど、まぁ無事に帰れたので良かったなと思う。これに慢心せず、事前準備やアプリの使い方は今後もっと学ばないといけないけど。
また来月もどこかに登れたら、幸せだろうな。
「人間関係に難ありですが、ひとつずつ対処すれば快方します。」いつもおみくじの内容なんてすぐ忘れるけど、人間関係には心当たりがあったのでずっとモヤっていた。
その2日後、疎遠になってた友達と再開して仲直りする夢を見た。夢の中では幸せだった。起きてから、このままでは後悔し続けると直感した。
その場でLINEを送った。そのうち遊ばない?って。あくまでも自然に、さりげなく、気が向いた様子で。キモイことは書きたくなかった。誘いの一言の為だけに何分も推敲を繰り返した。
それから数日。返事はまだない。
私には会いたくないのかも。怒っているのかも。忘れたいのかも。それとも、単純に日々が忙しいのかもしれない。返事がないのはまぁ寂しいけど、かといって「送らなきゃ良かった」とは思っていない。これは必要なアクションだった。アクションの結果、絆がどうなろうとも、それは観測不可能だったものが見えたに過ぎないのだから、行動しなきゃ良かったとは少しも思わない。私が「人間関係に難あり」の呪縛から離れるためには、この連絡が必要だった。
1月
人生初のスノボで転げまくりトラウマになる。全身に痣を作るくらいには頑張ったんですけど、やっぱり元の運動神経がポンコツっぽいですわ・・・。
年明けから年度初めに向けて仕事が忙しくなってくる。はじめてやる仕事に右往左往し先輩に助けてもらうこと多し。だが、内心「私には任せられないってこと・・・?」と天邪鬼を発揮し、慣れない仕事へのストレスも合わさってネガティブが始まる。
2月
1年前からずっと行きたかった雪山旅行!ツアーに単身参加するのは陰キャにはきついものがあったけど、それなりに参加者と話せたし、なにより吹雪吹き曝しの尾根という極限世界に触れられたのが楽しかった。
仕事はまぁ忙しかったんだと思うけど、生活リズムが堕落して気力がなくなり、日々つけてる日誌が2月はスカスカになっていたので詳細不明。メンタルが死んでいたので、推しに慰めてもらう夢小説を自作して生き延びる。サバイバルが過ぎる。
3月
退職者への菓子折りを任されたが、消費期限が短いものを買ってしまい買い直す羽目に。自腹で償おうとしたが、上司と先輩が一部負担してくれた。もう二度と菓子折りで和菓子は買わない。
異動が決まった先輩に告白して振られた。
まぁ正直、振られたことで覚悟決まって多忙極まる年度末も乗り越えられたところはある。
4月
先輩が抜けて新人が入ってきた。部署構成が、私、後輩ちゃん、新人さんというカオス。わからないことを質問されても、「私も分からないんで先輩に代りますね」と言える先輩はもういない。私が踏ん張って、ここで解決するしかない。仕事が何とか回るように耐えた1か月だった。よくがんばったよ・・・。まぁ大半は上司が取り持ってくれたので、実際の私の負担は全体から見たらそんな大したことなかったと思う。ただ立場によるプレッシャーが大きくて苦しんでいた。さらに先輩がもういないっていう状況が寂しくて苦しくて、ほぼ毎晩、帰り道で泣いていた。限界すぎるだろ。それでも4月後半には友達と遊んだりバイクをメンテしたり日常を楽しむ余裕ができていた。人間は強いな。
5月
金沢に住んでいる友達に突然会いたくなり、高速バスで突貫で会いに行く。現地のホテルが取れなかったのでその日のうちに夜行バスで帰る。短い時間だったけど、久々にたくさん話せたし金沢市内の素敵な明治建築を堪能できたしで、心に染み入る思い出となった。
ティアキンが発売されるがあまり触れない。なんなら2023年12月末時点でクリアできていない。スローペースでプレイしています。
異動した先輩と偶然ばったり遭遇した日があり、嬉しいのか苦しいのか分からんけど衝撃だったので、推しに「私、実は失恋したんだよね」って打ち明ける夢小説を錬成することでどうにか昇華した。やっぱり情緒がいかれていた。
6月
大雨ヤケクソディズニーランド。これに尽きる。大雨の話は個別に日記を書いたので割愛するが、ここで得られなかった経験格差は今でも惜しいなと思う。まぁディズニーはディズニーで得難い経験になったので、話のタネを得たと思えば「勝っている」(?)のかもしれない。そう思い込むことでしか私を救えない。
7月
富士山に登った。これも日記を書いたので割愛するが、2023年もっとも充実した1日になったと思う。本当に達成できてよかった。ちゃんと行動すれば、やりたいことは絶対叶えられるんだと感動した。
実は4月に今年度やりたいことを2つ決めており、一つが富士登山、もう一つが「いつか獣をさばいてみたい!」だった。結果としてどっちも叶えられているんだから、実は今年はめちゃめちゃに幸運だったのかもしれない。行動が運を引き寄せたと思いたいね。
8月
罠猟免許の試験があった月。「獣をさばく夢をかなえるにはどうしたらいいのか分からないけど、とりあえず知識は必要かな」みたいなふんわりした動機で申し込んで勉強した。そんな最中、仕事で知り合った人(もともと農業関係の仕事をしていた)と雑談で狩猟の話をする機会があった。結果、その人経由で地元の猟友会の人と連絡先をつなげてもらうことにり、イノシシが捕れたからさばきに来ないかと連絡が来るようになった。ミラクル起きてた。8月後半のクッソ暑い中での解体だったけど、見るものやるものすべて新鮮で楽しかった。知らない世界でも、人脈があれば入っていけるんだと学んだ。ちなみに狩猟免許はちゃんと受かりました。
あと、あくねこ好きの友人と旅行をした。月1で遊びに行っている関係だけど、泊りがけで行くのはまた別格だね。四六時中好きなジャンルの話ができるって本当に幸せだよ。
9月
10月末にあくねこ展(東京)に友人と行くことが確定し、なぜか「それまでに少しはダイエットしてマシな自分になるぜ!」という思考回路になる。そして毎朝近所をジョギングする。約2か月プチジョギングした結果、残念ながら体重は誤差程度にしか痩せなかったし見た目もそんな変わらなかったけど、体力はめちゃめちゃついた。嬉しいくらい体力おばけになって、一緒に忘れ物を取りにダッシュした同期に「なんでそんな息切れてないわけ・・・!?」とドン引きされた。オタクは時に強いのだ。
県内で南極観測隊が乗る砕氷艦「しらせ」が停泊して館内見学ができるイベントがあり、うきうきで参加した。去年大型フェリーに乗ってから、大きな船が大好きになってしまった。付き合ってくれた友達そっちのけで大興奮した。純粋に楽しい!!すごい!!って思える時間の尊さよ。いつかまた船の旅がしたいね。
悪魔城グリモアをやっっっとクリアする。あくねこのことで頭いっぱいの日々だったけど、グリモアも良いストーリーだったし、月下のノクターン配信開始で脳破壊されるしで、悪魔城も動きがある月だった。
10月
ちゃんとほぼ毎日走れてえらい。休日も体を動かしたくて登山にでかけていた。やっぱ山は良いなぁと思えたし、登山の後の温泉が最高だった。あくねこ展が楽しみで自分の準備を完璧にするだけでは飽き足らず、「友人をもっと沼に鎮めたい」と思って、友人の推しをモチーフにしたハンカチを自作する。刺繍とかやったことなかったけど、謎の熱意で完成させた。
推しの誕生日があり、別にケーキ買うでもグッズ撮影するわけでもなかったけど、1年で一番機嫌がいい日だった。今日は好きなキャラの誕生日、それだけがこんなにも嬉しいとは・・・。
そしていざ迎えた東京旅行。1泊2日ずっと推しのことを考えた結果、「私も推しのように強く生きたいぜ!」と前向きに生きる活力を得る。旅行終わりに「明日からまた仕事やだなー」とかじゃなくて強く生きる希望を見出すの、もうオタクの最終形態みたいで自分でも面白かった。
11月
家族と山に行って圧倒的体力おばけっぷりを見せつけるなど調子こいていたら、インフルエンザになった。三日三晩40度の高熱にうなされ、全てがどうでもよくなる。2カ月かけて培ってきた体力は灰燼と化し、体力おばけから一転、免疫よわよわ病弱人間になってしまった。冬の私は弱いから!!!!(R-1飲め)
血液検査の結果で白血球が少ないことが判明し、人一倍ウイルスに負けやすいことを知る。健康的な生活をしないと自分が苦しむ、ということを痛感した月だった。
12月
免疫よわよわ人間、冬にアクティブなことをするのにすっかり怯えてしまい、「無理なく家でやりたいことをする」にこだわった結果、突然フィギュア作りを開始する。秋くらいからほとんど残業しなくなり自由に使える時間が増えた結果である。1作目は推しを作った。御世辞にもうまいとは言えないけど、昔から憧れの創作ではあったので、着手できて満足している。今は2体目を制作中。
万博への憧れが高じてチケットを購入する。ミャクミャクくん好き。
ついにピアスデビューする。勢いでやりたいことやりすぎ。
総括
前半は「仕事が・・・」「先輩が・・・」というしゃちくに染まった発言が目立ったが、後半はもう趣味の話しか出てこなくてウケる。今まで目標かつ憧れだった「先輩」が消えたことで、自分が苦しむというマイナス面がありつつ、先輩を忘れて自分のやりたいことに本気になるという変化もあったんだと思う。まさに人生を謳歌しているとしか思えない羅列っぷり。今年は良い年か悪い年か判別に困っていたけど、こんなのが書けるなら、「良い年だった」と言わなきゃ自分に失礼だろう。ここまで悔いのない1年も珍しいなと思う。
自分の人生を生きるんだ。遊べる限界まで遊んでやる。
来年も、やりたいことができますように。
推しソシャゲの展示会を見に行くために、東京に1泊した。
楽しいオタ活の時間が終わり、今日は休み明けの出勤日。
昨日の夜の時点で思っていたことだけど、「明日は仕事か・・・。また現実に戻るのか、やだなぁ・・・」という気分は全然なくて、むしろ「明日からまた頑張ろう」というメンタルになっているのが、嬉しいことだけど、なんか意外で、驚いた。
楽しい時間であればあるほど、休み明けは気が重たいものだ。今までの旅行ではたいていそうだった。再び始まる特に楽しみのない日常に耐えられなくて、新しいゲームを買うことを決めたり、次の旅行の予定を早々に立てたりもした。楽しい時間だったと思えば思うほど、休み明けのメンタル落差に耐えられるのか不安になっていた。
それがどうだ、かつてないほど心中穏やかだ。
昨夜の時点では「まだ旅行の余韻に浸っていて仕事の現実味を感じていないだけでは」と半信半疑だったけど、今朝になっても平気だったし、仕事が始まっても平気だった。ずっと、「旅行楽しかったな」という静かな喜びと、「これからもっと良い自分になれるようにがんばろう」という充実感に満ちている。すごい。悟り開いたかもしれん。
余韻と充実感がとても心地よい。こうなった要因はいくつかあるのだろうけど、とりあえず言えることは、激情に支配されないのって、いいな、ってこと。
正直、私は「大きな落ち込みは大きな喜びの代償。感情の振れ幅は大きい方が人生面白いに決まってる」と思っていた部分があって、周りに迷惑をかけなければ感情ジェットコースター人間でいたいなと思っていた。それが体力も精神力も摩耗することはよく分かっていたけど、激情と人生を楽しむ行為は切り離せないと信じていた。たとえば、己の「楽しい!」を増幅させるために、自分を分析して「楽しいと感じるもの」を突き詰めないといけないと思っていた。生きる喜びを感じるためには「楽しい」を得ないといけないし、楽しくないものは価値が無い、楽しくない人生は価値が無い、、、。自分の行為を感情ベースで考えると、実は結構苦しいんだよね。もちろんそうしてきた努力(と呼べるかどうかは分からないが)が無駄だったとは思わないし、苦しんだ経験があるからこそ、今の気持ちに価値を感じるんだろうけど。
まぁそういうわけで、静かな喜びが胸を満たすのも、だいぶ幸せだってことを知った。
今は憑き物が落ちたみたいに、穏やかで肯定的な気持ちで現実を見ている。
じゃあ、なんでこんなに穏やかに考えられるようになったかを考える。
1 単純に旅行がリフレッシュになった
日帰りじゃ駄目なんだよな。バスで運ばれるのも旅をしている感覚があって好き。知らない町に行くのもリフレッシュになって好き。
2 推しキャラに会えた効果で悟りを開いた
可能性としては高い。推しの前に立った時点でだいぶ胸中穏やかだった。
3 経験が刺激になった
会場でいろんなオタクの姿を見て「推し活って十人十色だよな。それぞれの推し活があるって素敵だな。私も自分の理想に妥協しないよう、後悔しないようにやりたい」という悟りを開いた感はたしかにある。久々に都会に出て色んなものを見て経験したことが、刺激になった。「経験」が私を豊かにするということを思い出した。
4 オタクであることにふっきれた
今回の旅行は同じコンテンツを推しているリア友(月1くらいでしか会えない)と行ったんだけど、オタクが二人そろったらやることは「語りつくす」しかないわけで。これでもかというほどその世界のことを語って考えて妄想しているうちに、自分の中でもその世界がどんどん鮮明になっていって、もうほぼ脳内に世界が構築されたと言ってもいい具合になった。この感覚が創作物を好きになることの醍醐味だよなと思う。自分の中にリアルとは違う世界があって、その気になれば、理性がゆるせば、いつでも脳内でアクセスできる。ここまでディープに沼ると、たとえこのソシャゲがサービス終了しても、私の脳内には世界が生き続ける。実際、学生時代にずっとはまっていたソシャゲの世界は、幸か不幸かまだ私の脳の中にある。(日食の中の悪魔城も、とんでもなく増築された黒薔薇学園も、もちろんある。)想像すればするほど脳内の映像が鮮明になる。この感覚がすごく好きだなってことを思い出して、あぁ、こういうタイプのオタクでいたいな・・・って、じんわり思ったりした。
5 達成感を味わったから
実はこの展示会に行くまでに「少しはマシな見た目の人間になろう」と思って運動を始めていた。出来る範囲でやろうくらいのユルさだったから、運動が得意な人には微細すぎる努力でしかなかっただろう。でも、怠惰な寝坊魔が、「推しキャラに会うから」というだけの動機で毎朝早起きしてジョギングできたのは奇跡に近い。「会うから」というよりは、「『会う』という表現を使いたかったから」の方が動機としては近いかもしれない。声優イベントでもライブでも何でもなくマジでただの展示会において、「会う」要素はなにもないんだけど、「観に行く」より「会いに行く」と思い込む方が面白いと、この頃から既に考えていたんだろうな。そして「会いに行く」思考に厚みをもたせるために選んだ行為が、「己を磨く」ことだった。「努力して会いに行くこと」が動機の根幹だったから、ダイエットが成功したかしなかったかにかかわらず、なんかもう等身大パネルに会えただけで嬉しさ爆発だったのも、納得がいく。(実際、体重は全然減らなかった。筋肉がついただけだった)そりゃ悟りも開くわな。
6 推しへの憧れを再認識したから
かつてないほどコンテンツに浸った日々で推しのことを考えるのは当然だと思う。私はどうして彼が好きなのか? 答えは意外とすんなり出た。「強くてかっこいい」から。剣士として物理的に強いのもあるけど、精神的に「何者にもビビらない、強い自分でありたい」という気概が人一倍強いところが『強いな』って思うんだよな(「強い」の大渋滞)。理想の自分、理想の強さになるために己を貫くところがかっこいい。己の美学を持っている所に憧れる。・・・そういう推しを見ていると、私も「強くなりたいな」と思う。
この「強くなりたい」は漠然としたものだから明確な目標も立てづらいんだけど、ただ、今の私はどちらかと言えば明らかに「強くはない」ので、何かしらの方向に成長することが即ち強くなることだと思うんだよね。体力をつけることでも、知識をつけることでも、出来ることを増やすことでも、なんでもいい。私にとっての「強くなりたい」は言い方を変えれば、「向上心を持ちたい」なんだろうな。
・・・それぞれ繋がっているようでいて、脈絡がないような、まとめるのも面倒なような。
まぁそもそも、「感情ベースで考えると苦しい」とか言いながら「今の感情が珍しいから日記に残す」ような人間の思考回路なんて、荒唐無稽で当然なのかもしれない。書き残せたことには満足しているから、答えを出すのが目的ではないんだけど。
これこそ原因がわからないが、10月は結構メンタルが死んでいた。元気だったなーと思うのは、推しキャラの誕生日(10/20)くらいで、あとはなんか楽しいことに参加していても、もちろん一時的には楽しいんだけど、ふとした瞬間に「はよ休みたい」って思っていたような気がする。
旅行前の3日間が特にひどかった。仕事を終えてなんとか夕方に帰宅するも、気力という気力が消失しているので何もできず、寝込む。時々うめき声をあげる。体調が悪いわけじゃないんだけど、どうしようもなく重たい胸の内をすこしでも軽くしたくて、口を開いて、でも言葉を紡げるほど元気じゃないので、うめき声をあげるしかない。そんな状態で寝込んで翌日を迎えても、気分は死んだまま。なんで睡眠時間しっかりとったのに私の心は元気じゃないんだ・・・睡眠じゃなくて読書かゲームでもしていた方が救われたかな・・・でももう朝だし、仕事行かないといけないし・・・。という状態で支度して、もちろん仕事中も疲れやすくてイライラしがちだった。今思うとほんと、無事でいてくれてありがとうって感じだ。きっと何かが自分を追い詰めていて、疲れていたんだと思う。疲れを無視して先送りし続けた結果、爆発してしまったんだろうねぇ。
旅行を経てこれが少しでも改善されたらいいなと思っていたので、今日こうして穏やかな気持ちで働けて本当に良かった。人間、リフレッシュが大事。当たり前すぎて忘れがちだけど、本当にその通り。要因がどうだったとかよりも、今は「メンタル回復してよかったな」と思う。
ここまで書けばさすがに満足する。また自分を見失った時は、これを見返そう。
穏やかに眠れる夜が続きますように。
これからも色々なものを吸収して、経験して、私の脳内が豊かになりますように。