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日記、感想、オタ活・・・ごちゃまぜ雑多の物置蔵
酉島伝法『奏で手のヌフレツン』

 読了後、オーケストラが聴きたい!と思った。
 骨まで響くような音圧と迫力に涙し、大合奏によって満環蝕を解いた彼らと同じ興奮を味わいたい。世界の命運をかけた生存のための音楽ではなく、ただ聴くだけの演奏を味わえる幸福に感謝したい。それほどに胸を打つ圧倒的エンタテインメント。(本の帯に「エンタテインメント巨篇」って書かれていて、そりゃどんな物語もエンタメだろうよ、なんだこの帯…と思っていたけど、読み終わったらそれが最適解だったのだと思い知る。すみませんでした。

あらすじ
 舞台は球の中にある世界。大地は湾曲してどこまでも続き、遠くになるほど垂直に反り返り、やがて頭上を通る。1日は太陽が作る。太陽は「人だったものたち」が支え歩くことで地平を廻る。人々は日の巡りに依って生活する。奏で手は集落中に響く演奏によって太陽に影響を与え、日常を支える。かつて奏で手だったリナニツェは、自らの過去を隠したまま、太陽を支える「聖人」となった。

 なお酉島伝法といえば描く世界の特異さのみならず、そっちの世界の文化や歴史を考慮した造語のオンパレードが当たり前。というわけで序盤の一文をぜひご覧ください。
 叙(じょ)の聚楽(じゅらく)は闇に浸り、冷えきっていた。その縦に長い景観を明暮(あけくれ)に貫く黄道の両側には、二十四年ぶりの特別な陽の出を迎えようと大勢の落人たちが立ち並んでいた。切れ目の入った木製の遮光器を手に携え、黄道の先にある高い朝門(ちょうもん)の向こう、<明>の方角に目を向けている。

 この調子で語りは続く。本を開いた時、「挿絵1枚もなし…!?」と驚愕した。かつて同じ作者の『宿借りの星』を読んだ時、その独特な世界観を理解するのに作者制作の挿絵が大いに助けとなった。それが今作は1枚もない!ついていけるか!?と不安になった。
 全く問題なかった。文章の力を信じて読めば、自ずと世界が見えるようになる。作者の描写を舐めてはいけない。かつて「堕天の塔」(漫画『BLAME!』のトリビュート作品)を読んだ時、『BLAME!』を知らなくても、作品中の能面モンスターのイメージが鮮明に描けた。のちに本家を見て、同じやないかい!となった。つまり作者の文章力はお墨付き。こんな拙い語彙のブログで紹介させるのが申し訳ないくらい、描写も熱い展開も、キャラクターを愛おしく思わせる愛嬌も素晴らしい。だから作家買いしてしまう。

 作品の細かい感想に移ろう。ネタバレあるよ。
 ちなみに2周読んだ。1周では味わいきれぬと思ったから。

 1周目は、この世界(球地(たまつち))の生活を知るのが楽しかった。主人公であるジラァンゼに感情移入し、友人たちと会話し、仕事に励み、家族と過ごす展開を追体験した。料理や部屋の中の様子など、生活感の描写よし。主人公の成長を見守ることで生じる感情移入よし。そして容赦のない展開よし。良い読書体験に欲しい要素が濃厚に描かれていた。
 ジラァンゼがイェムロガと張り合って一人前になろうと頑張るエピソード大好き。ジラと一緒に青春している気分になる。若者の一生懸命な成長譚ってのはなかなかどうして尊い。この世界の命運というストーリーラインだけを抽出すれば、ジラァンゼが一人前の職人になる過程を描く必要はないのかもしれない。でもここがいちばん面白いんだよ。ジラァンゼの成長や家族のごたごだを読んでいるうちに、読者の脳内に明確に「球地」が作り上げられる。もう脳内にあるだろう。太陽が通る黄道を中心とした細長い集落。家々に突き出た回廊、その下にはためく布帛。黄道の左右には入り組んだ路地。仰ぎ見る海。正午台。いくらか歩けば繋業解き(けごうとき)工房。蒸される蟹のにおい。水濾し手たちが運ぶ水音。寒さの中に吹きすさぶ風の音。頭上を仰げば、毬森から流れる隕星の光。なお、これだけ平和な頃の聚楽を脳内に描かせておいて、第2部では終末間近になってしまうのが憎い演出。
 続いて、大人になったジラァンゼに子どもができて、子ども(トバイノ)が、親が帰ってくる前に夕餐を作ろうとして大失敗し、ぐちゃぐちゃになった厨房で親を待っているところも大好き。親のために家事をしようとし、泣きながら謝る子、なんて愛しいんだ…!! トバイノについては親目線でしか語れない。トバイノが痛みにもだえるシーンも、トバイノの苦しみに胸を痛めるのではなく、我が子を憂うジラァンゼの心痛によって私は胸を締め付けられていた。私の精神がジラァンゼとリンクし過ぎており、彼の心痛は、私の脳内で鳴り続けた…いやもうほんとにね、第1部ラストの展開が衝撃的で、3日間は脳内で反芻していたね。仕事中も通勤中も家事をしているときも、ふとしたときにトバイノの最期が脳内に蘇って胸が痛くなった。作者ほんと容赦なくて素敵(精一杯の皮肉)

 2周目は、1周目では理解しきれなかった言葉の意味を拾いつつ、怒涛の展開にただ呆然とするしかなかった第2部のストーリーラインを楽しめた。第2部の主人公ヌフレツンが、宥め役を志願するところがいちばん熱い。ここから物語が、世界観を知るターンから、世界の命運を左右するターンに転換する。ただ奏で手に憧れる子だったヌフレツンが、宥め役としての日々を過ごして、(蝕を防ぎきれず)聚楽を守り切れなかったという責任感を生じさせているのも興味深い。これは主人公ですわ。
 ちなみに2周目でも、この世界観の緻密な構成に驚かされた。たとえば鉄器。文化レベル的にこの世界に鉄を溶かす工場はないのだけど、実は子ども時代のジラァンゼたちが遊ぶシーンで、過去に幼陽を使って魚鱗を溶かしていた鋳鱗工房があったことが描かれている。その後本編に鋳鱗工房が出てくることはないのだが、それくらい世界観の構築に余念が無い。すごい(小並感)

 ラストはもちろん大団円。
 犠牲を必要としない太陽が落人たちを照らす世界は、まだ続く。
 その一方で、聖人たちは新たな世界へ。こうしてわれわれの意識は、宇宙を巡っていく。

 このSFで締める感じ、大好きなんだよなぁ…。
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