忍者ブログ
日記、感想、オタ活・・・ごちゃまぜ雑多の物置蔵
ゼミの教授から「専攻紹介動画を撮るから協力してくれ」と言われOKしたはいいものの、「じゃあ大学生活がどんなだったとか、どんな授業があったかとか、コメント考えといてね」……ってこれ、大学生活を充実させた勝ち組にしか許されない質問なのでは!!!????

少なくともサークルに入らず授業をこなして就活もそんな熱心にやったわけじゃない私にする質問じゃない。教授が「大学から家が近いから」とかいう理由で私を選んだ運命を呪いたい。というか専攻紹介でなんで大学生活の話もしないといけないの。
とはいえ今から拒否するわけにもいかないので、自分なりに語れることを考えてみよう。


◎どんな授業があったか
いきなり難しい。一般教養や語学科目の話をしたらキリが無いので、ここは「文学部の中の日本語日本文学専攻として」どんな授業があったか、という意図の質問だと想定して考えよう。

それでも難しいな。そもそも「こんな雰囲気の授業でした、こういうことをしました」と語ったって、この動画を見る人が進級するころには担当教授が変わって授業方針もがらりと変わっている可能性がある。授業のやり方なんて教授の数だけあるのだ。

ということは、「何を学ぶのか」という不変事項を語らせたいのだろうか。例えば文学史の授業を年表でやる教授もいれば具体作品で進める教授もいるだろうが、どちらにしろ「文学の流れ」は学べる。そして文学作品に対する分析力が上がる。そういうことか? 

そんなん聞いて楽しいか?

いや失言だった。専攻選択においてどんな学びがあるのかは避けて通れぬ話題。
とはいえ私は日本語学ゼミに所属しておきながら実は文学の授業のほうが大好きだったので(当時は日本語教育に興味があったから日本語学ゼミを選んだ)、文学の授業のほうを熱をいれて語ってしまうかもしれない。それの何が問題かというと、うちのゼミ教授は文学の教授と仲が良くないというか…教授の前で文学をべた褒めするのは気が引けまくるというかゴニョゴニョ
まぁそれはそれとして。

前置きが長くなった。
ここは無難に、うちの専攻の特徴をふんわり説明するのがいいかもしれない。
「日本語日本文学専攻は日本語学、現代と古典の日本文学を網羅する専攻なので、必修科目が他の専攻に比べて多いです。分野ごとのつながり、学問と学問は繋がっているのだということが理解できますし、日本語の文章、文学について多面的に考えることができるようになります」

何を学ぶのか、入ってなくない?
仕方ない。最後に専攻の授業を受けてから1年がたっている頭ではこんなふわっとした説明しか繰り出せない。というか質問の趣旨としてはもっと具体的な話を要求している気がするのだが、もうこの難しい設問は後回しにして次に行こう(クズ)


◎どんな学生生活だったか 学生生活で楽しかったこと
専攻動画にプライベートな話、いる??
うちの大学で専攻を選ぶのは2年生の終わりなので、そこで学生生活をされても別に何の得もないのではないだろうか。次の質問も鑑みると、これは高校生や入学予定者向けの動画なのかもしれない。こんな学部ですよーって宣伝するための。教授にターゲット層を聞いておくんだったな。

そしてこの手の質問こそ陰キャを殺しにくるのである。別に友達に恵まれたし学外活動もしてたしそれなりに楽しんだ4年間だったと思うけど、大学生活に夢を見るような高校生からしたら地味な4年間を過ごしたと思う。特にサークルの話で片づけられないのは手痛い。

あと楽しかったことが旅行とヲタ活しか出てこない。大学生らしいか?これ。長期休みの度になんか病んでて、月イチでも病んでたような奴の学生生活がキラキラしてるわけないだろ。
ただ昔の日記を覗いてみると、病んでるか何かやってるかのどちらかだった。

時間がたくさんあるんだよね学生生活は。
この自由こそ、学生生活で楽しかったことの神髄だと思う。

で、その空いた時間で二次創作とかヲタ活とかしてたわけだけど。話せる話じゃない。
でも自由な時間でアルバイトして、自分で服を買ったり、海外旅行に行ったり、インターンに参加したり、自分の意思で挑戦できるものが増えるのはたしかに楽しかった。これこそが「大学生活は人生の夏休み」と言われる所以なのだろう。

「大学生になって高校生のときより自由な時間が増えたので、アルバイトをしてお金を貯め、ひとりで、もしくは友達と旅行に行ったり、映画をたくさん見に行ったり、インターンシップに参加したり、やりたいと思ったことに挑戦できる大学生活でした。そうやって自分の意思で様々なことに挑戦できたのが楽しかったです」

意識の低いやつだなと思わなくもないが、実際この程度で楽しかったのだから仕方ない。

◎○○(大学のある都市)はどんなところか 下宿生活での経験なども
下宿してないんだなこれが。

都市の感想としては、乗り換え駅周辺は開発が進んでいるので授業帰りに遊ぶこともできるし、キャンパス周辺は田舎なので落ち着いていて過ごしやすいなという感じ。正直、都会すぎると学生の(おしゃれの)レベルが上がって気後れするので、ちょっと田舎くらいが私には居心地がよかった。これをそのまま喋るのは気が引けるけど。

キャンパスの設備の話ならいくらでもできそうだけど、都市そのものの感想って難しい。そもそも隣の市で生まれ育ってますので、今更印象も何もないし。だからまぁ正直におしゃれの話をするしかないのだろうか。


◎就活はどんな感じだったか こんな苦労をしたなど
コロナ禍の就活生だが、それを言ったら身もふたもないだろうか。
まぁコロナウイルスの影響は「合同説明会が次々中止」「選考スケジュールが後ろ倒しになった」ことくらいかな。苦労と言えば苦労かもしれないが、歴代の就活生の負担ともそれほど変わらないだろう。

就活中は必死だったはずなのに、終わってみると「自分そんな頑張ってなかったな…」という評価になる。実際、「ここでいいか」みたいな就活だった。まぁ当時は「内定を得ること」が生きる為の最低基準で、余裕が無かったからね。いくつか内定をもらって初めて、生きる為の水準が上がるのだと思う。こんな底辺からの這い上がりだから、私なんかのアドバイスでいいのかと思うし、民間就活したはずなのに公務員に受かってるし、ほんと話しにくい経歴しか持ってない。

どんな感じだったか……一貫した自己と「ここに入社したい」という強い意志を見せていかないと受からない、ということを実感した、って感じだった。そのために「自分はどんな人間で、何が長所で短所なのか」を明らかにする必要があった。いわゆる自己分析が大事ということ。私は「自分は気分屋で性格が変わりやすいので自己分析なんて無理」なんてひねくれた考えを持っていたため、自己分析に向き合うのが遅くて、いざ3月に就活情報が解禁されてエントリーシートを書く際に苦労した……という話は、個人的過ぎるというかぶっちゃけすぎているだろうか。その後、自己PRをキャリア支援課に添削してもらったり参考書を読みこんだりして、はじめは全く通らなかった書類審査や面接がだんだんと通るようになったのである。うーん、長い。

就活の後悔を先輩に聞くと大抵「自己分析をもっと早くやっておけば」という話になるのだが、その理由が今はよくわかる。結局、正確に自己分析をして上手く自分を売り込めたやつが勝つのだ。ただ就活未経験者は「自己分析」といきなり就活用語をぶつけられても良く分からない。ただその本質を説明すると長い。正直「詳しく知りたいなら君も参考書を買え」って思う。

まぁ就活は人生、特に大学3年間の自由時間をどう過ごしてきたかの積み重ねって感じだから、私がアドバイスするなら「日記を書け」くらいだろうか。特に苦労した時やピンチを切り抜けた時の日記は就活時に大いに参考になる。日記が趣味で良かった。


まとまらないが言いたいことは大体こんな感じだ。
あとは明日の朝、喋る練習でもして確認。もうさすがに寝なければ。
おやすみ。



PR
文学部の4年生として、コロナ禍に翻弄されながらも就活を続けてきた。
 まぁ「戦う」というよりは「逃げ道を探す」ような就活の仕方だったけど…。

 いろいろあって、内々定を3つ頂いた。
 ひとつは「とにかく内定が一つ欲しい!!!」という一心で6月あたりになりふり構わず紹介してもらって受けた会社。あまりにもあっさり合格が出た。「試験の点数で決めるでもなく、ちょっとお話しただけで若者採用しちゃうって、どうなの?」と世の中に疑問を抱き始めた。

 ふたつめは某山岳ロープウェイを運営している会社。田舎というか自然がいいところに住みたい、観光地運営も興味がある、という意識から受けたもの。何度も遊びに行っていたところだったしね。エントリーシートを大学の就活支援課に添削してもらったり、面接対策を真面目に練ったり、この3つの中ではいちばんちゃんと対策をした結果の内々定。

 みっつめは地元の市役所職員。公務員とか全然視野に入ってなかったけど、SPI方式もあると聞いたのでエントリーしてみた。知らなかったとはいえ「仕事が多岐に渡る」ところは興味深いと思っている。
 試験内容は書類、筆記、グループディスカッション、面接。グループディスカッションは二次試験だったのだが、これにかけた私の情熱はすさまじく、「司会進行役を勝ち取るためにはどう切り出すべきか」「話し合い時間が1時間だったら時間配分は……いやもし30分だったら……」というようなことを待合室でずっと考えていた。企業選考でのグループディスカッションって司会進行の取り合い(リーダーシップアピールのため)みたいなイメージがあるけど、今回は自分以外誰も主張しなかったので逆に驚いたね。(その後、我の強いリーダータイプは地方公務員は受けない、という情報を得てちょっと納得した) そして試験直後には、正直「落ちるわけなくね?」と思っていた。それくらい最高の討論が展開できた。大学でグループディスカッション練習会みたいなのに(1回だけ)参加しておいてよかった。筆記や面接では手ごたえは無かったので、割と本気でこのグループディスカッションでの活躍で内々定にこぎつけたのではないかと思っている。二次試験の内容が最終面接の結果に影響するのかは知らないけど。

 で、世の中のある程度勝ち組の大学生がみな思うように、どこに就職するのか迷ったのだ。
 いやみな思ったりはしないか。普通は第一志望があって、結果が出る前にもう順位はついているはずなのだ。単に私が受けたところの順位付けを行っていないだけだったのである。愚かしい。


 いろいろあって、
 ロープウェイの会社でのびのび働くか、地元で公務員するかで悩みに悩んだ。
 第三者の意見も欲しいと思って、友人やバイト先の人、親戚にも相談した。

「あなたは自然のあるところで働くのがあってると思うけどな」
「一人暮らし憧れてたんでしょ? ここで遠くに行かないと後悔しない?」

「やっぱり土日が休みなのは大事だよ。友達と休みが合わないのは辛いよ」
「安定してるし給料も悪くない。辞退する理由ある?」

 でも、やはり自分で完全に納得できる理由を見つけないとはじまらない、と思った。誰かの言葉を根拠にするのではなく、自分の中から理由を見つけて自分で決めなければ、未来に覚悟が持てない。
 そうして考えに考え、公務員になることにした。


 私がもし明日死ぬことが分かったとして、いま一番気にかかるのは借金だ。
 奨学金という名の学生ローン。安くない額の借金を抱えている。
 借金を残して死ぬのは嫌だな。親に迷惑がかかるし、なによりかっこわるい。
 とっとと返済したい。だから、確実にお金が入りそうな就職先を選ぼう。

 結局「やりがい」とか「労働条件」でもなく理詰めの結論のような気がするけど、これが一番すとんと腑に落ちた。一人暮らしはたしかに魅力的だけど、この給料で奨学金を返済しつつ毎月生きていく自信はちょっと無い。やればできるかもしれないけど、踏み出す勇気がないのである。その勇気は一種蛮勇なだけのような気がしてならないのだ。

 そういうわけで今は「選ばなかった会社に内定辞退の連絡入れないとな~」と別の悩みの種を抱えている。こんな私にしっかり向き合って「うちで雇ってやるか」と考えてくれたところに「やっぱやめます」と伝えるのは心苦しいが、これも就活生のさだめなのだろう。


 最後に、内定が出ないかもしれないと、不安で不安で眠れない夜もあった。 
 今は、とりあえず未来はあるよと、昔の自分を安心させてやりたいね。
いま私は大学4年生である。
就活と学生生活の間を揺れ動くモラトリアム。

うちの私立大学は秋学期開始が早い代わりに春休みが長い。
1月の半分と2月3月丸々の休み。日数にして80日ほど。
もちろん学生らしくバイトしたり友人と遊んだりしたわけだけど、私は家にいる時間が長かった。稼ぎまくりたい願望もなかったし、陽キャでもなかったから。

で、1人で考える時間が増えた。
授業もなくバイトもなく友人と話すことも無く、まさに社会から隔たった場所で、1人で考える時間がだけが積み重なっていった。
元々考え事が好きな方ではない。それでも人間、社会との繋がりが薄くなり1人でいる時間が増えるともう、思考回路が社会生活してるときのそれとは全く異なってくるのである。

で、病みやすくなった。
将来が暗くて怖いものだと思うようになった。
自分の価値がわからなくなった。

こういう不安定な状態は、大学が始まると収まってくる。
毎日の出来事に忙しくなり、自分の価値なんて定義している場合ではなくなるのだ。


いま授業は全てオンライン。
しかも私の取っている講義は2つだけ。
大学に行くこともないし、週のうち90分ⅹ2以外は暇である。
(本当は就活あるしバイトもあるし他の用事もあるが)
つまり何が言いたいかと言うと、私はまだまだ春休みの中にいる。

説明会にいったり面接にいったり、就活しているときは社会生活を送っている思考回路になる。ただ何も予定のない日、一日中家で無為な時間を過ごしてしまった日などは、「本当にこの世界があるのか」とかなんとか考えてしまう。生きているのは本当は私だけで、周りの人間は全て虚像なのではないか。私は長い夢を見ているのではないか……等、哲学の使い古された問いみたいなものをふと考えてしまう。

社会生活は忙しいから、そんなことを考える暇がないのだろう。
それはある種救いである一方、この世間から隔絶された大学生だからこそ辿り着ける問いがあるというのは、なかなか面白いことではないだろうか。

春休みは病むから嫌い、と思っていた。
でもその浮世離れした思索は今しか手に入れられないものだと思うと、少し寂しい。もっと早くこの答えにたどり着いていたら、春休みの楽しみ方も変わっていたのだろうか。
疲れている時は明るい音楽に限るね!



私はすぐ鬱々となるし気分沈みがちだけど、その分ハイになる時も早い。



落ち込んでいても良いことはない。これ以上暗い方向にもっていってもメリットはない。

だったら楽しいものを摂取して笑顔になろうよ。楽しいもの、かっこいいもの、かわいいもの、愛せるもの…せっかく好きなものがたくさんあるのだから、立ち止まってふさぎ込むくらいなら開拓したほうが実に有益だ。



鬱モードになると「なにも聞きたくない知りたくない」と本当にふさぎ込んでしまう。

でも気分を上げてくれるものはそうそう内側からは沸いてこない。

ふさぎ込んだ時に外に何かを求めるのは大変だと思う。でも少しずつ、ふさぎ込んでから求めるまでの時間を短縮できるようになれば、いつかは、この鬱々とした気持ちも平気になる時が来るだろう。



あなたが何度でも世界に感動できますように!
ずっと「内定が一つもない」ことで、自分はほかの学生に比べてダメだとか世渡り下手だとか思っていたけど、今週やっと一つ内々定を頂けたのでその種の不安は消えてくれた。でもその会社は今のところ第3希望くらいだし、ギリギリまで考えて決めたい/まだ決めたくないという思いから、私はまだ求人を検索したり紹介サービスに登録したりしている。

まだ求人を探すのは、保険でもある。
今受けているところ全部が全部内定を出してくれたらそりゃもう就活終わり。
でも総落ちすることも視野に入れなくてはならない。勝ちたい気持ちは十分だけど、世の中思い通りに行くことばかりではないってことは、大学受験の時に散々学んだことである。落ちてから求人を探していたら手遅れだから、今やるのだ。

そんな気持ちで探しているので、新規求人へのエントリーは志望度が低い。だって保険だもん。
それでも就活と言うのは「御社が第一志望です」と言わないと進めない世界である。第一志望じゃないことを素直に言って許されるのは、説得力のあるトークを身に着けた人間だけだ。コミュ力のない人間は心を殺して嘘をつくしか生き残るすべがない。

ぼんやりした「自分」から、企業を受けるにふさわしい人間を作り出す。
始めの内は「だってこれが私だし」とちょっとおちゃめな部分も入れたりした。しかし相次ぐお祈りメールに「もっとそれらしいことを言わなければ」という思いが生じ、個人を殺すスキルがめきめきと伸びる。
面接の度に自分を作る。
面接の回答はもちろん真実だけど、それは「本音」ではなく「嘘は言っていない」だけのこと。
だんだん、就活をしている自分としていない自分が乖離してくる。
やりたいことがわからないまま、志望動機が書けるようになる。
そんなふわっとした就活をして、ふわっとした気持ちで入社して、幸せになれるのだろうか?
(そもそもふわっとした就活をしている人間は基本的に落ちる)


まぁ就活を批判する気はないですよ。
「やりたい仕事」が明確な人が成功し、「何も考えてない人」が路頭に迷う。
たったそれだけの非常に分かりやすい世界です。なにも不公平なことなんてない。
勉強した人が受かる受験と同じくらい、平等だ。

シンプル。
分かっちゃいけるけど、そのシンプルな世界の負け組でしかない私はいつも不安を抱えている。

求人検索だって疲れるし、エントリーシートをっくのはもっと疲れる。なにもしたくない、面倒くさい。遊びたい、就活終えたい。――でも今のままではいけない。
なにもしたくないけど、何かしないと不安。
そのジレンマに悩んでさらに消耗。
ひどい悪循環だ。でも就活生の方なら、共感いただけるのではないだろうか。


今年は新型コロナウイルスの影響で、選考スケジュールが遅れている。
雇用が減ってないだけマシと思っているし、6月が終わってもまだ求人があるのはありがたい。
ただ選考が遅れたおかげで、未来が決まらない不安はもっと長引いている。
まぁ大学受験を国公立後期まで受けてダメで結局3月に滑り止めの私立に決める、という行き遅れ進路決定をしてきた人間なので、就活も6月に内定で終わり!というモデルコースで歩めるとは露ほどにも思っていなかったのだけど。それでも本当ならいまやっていることは5月6月には結果が出ていたのだと思うと、時間を無駄にしたような、そんな気持ちである。

長くなったのでここで終わる。
そのうち梅雨が明けて晴れ間が続くように、私の進路も切り開かれますように。
PREV ←  HOME  → NEXT
Copyright (C) 2026 日記厨の蔵 All Rights Reserved.
Photo by 戦場に猫 Template Design by kaie
忍者ブログ [PR]