![]() |
唐突に旅行がしたくなり、ついでにかねてから1度は乗ってみたいと思っていた寝台特急の存在を思い出した。
1度生まれたアイデアははっきり諦めない限り残るもの。
はじめは「行けたら良いなぁ」くらいの気持ちだったものが、考え続けるうちに本当に「可能」な気がしてきて、旅行情報誌を買ったり列車のスケジュールを立てたりした。
でも本当に行くには、その寝台特急のチケットを取らなければいけない。
取れなければ何も始まらない。
その通り。「どこかへ行く」ことへの期待に酔いながらスケジュールを立てたまではいいものの、いざ実行に移すにはなかなか勇気が必要だった。
みどりの窓口に行くのがもう緊張した。
それはたとえば「チケットもう無いですね」と言われて今までの夢想が無に帰すことや、旅行に行けないという現実を突きつけられることを恐れていたから……そういった類の緊張だったと思う。今回の目的はこの寝台特急であり、チケットが取れないなら旅行に行く意味がない。窓口でもし思い描いた旅を否定されたらどうしよう。そんな不安が溢れ出てきた。
あと極度の人見知りだから窓口はふつうに怖い。人見知りは業務用対応をするので精一杯なので、窓口の人にもし予想外の対応をされた場合どうしたらいいかわからなくなる。特にここ最近は授業もバイトも友人と遊ぶこともなかったのでコミュニケーション能力が劇的に落ちていた。
それでも旅行にいきたいという気持ちは固まっていたので、意を決してみどりの窓口を訪れた。昼間の窓口はガラガラだった。
「この日付で✕✕駅発の寝台特急シングルはありますか?」
「お待ちください。………………無いですね」
初手で詰んだ。コロナ禍だし寝台特急なんてガラガラやろ!と舐めてかかっていた自分を殴りたくなった。冷静に考えて1日数十人しか乗れない上に人気列車なのだ、そりゃ取れるわけないかと現実を知る。
現実をつき尽きられたショックで顔がひきつるも、急いでメモを取り出して予備日に設定していた日を提案した。就活も卒論も終わった合法ニートの大学生の本気を見せてやる。金はないが時間だけはあるのだ。
「えと、じゃあこの日は…」
「すみません、無いですね」
「じゃあこの日…」
「無いですね」
このやり取りを3回くらいした。列車のこと(乗車率の相場など)全然知らないド素人が我儘を言って窓口の人を困らせていると思うと死ぬほど申し訳なかったし、物事が予想通りいかないショックで賭けに負けたカイジみたいに視界がグニャアと歪んだ。リアルに胃が痛くなった。胃の痛みを感じたのはサークルを辞めるかどうか葛藤していた3年前以来初である。
「逆に、座席が空いてる日ってわかりますか……?」
最後の懇願だった。蚊の鳴くような声だったと思う。
窓口の人はお待ちくださいと告げて機械やら時刻表やらを一生懸命探してくれた。無理なら無理で諦めればいいのに、私個人の我儘で窓口の人に迷惑をかけているかと思うとさらに胃が痛くなった。そのとき窓口の人の上司らしい人が来て、色々伝えてまた戻っていった。二人の会話はよく聞こえなかったが、「この人こういう座席探してるんですけど」「そんなものもう残ってるわけないだろ」みたいな会話じゃないかと被害妄想してさらに消えたくなった。
「△日のチケットですよね」
「…………何月のですか?」
それは私が1番初めに提示した日付だったのだが、もう完全にその日は諦めていたので来月の話だと勘違いした。聞けば調べ直したところ、「一つだけ空いている」らしい。突然諦めていたスケジュールが高速で戻ってきたので唖然としながらも「はいそうです」と絞り出した。
そこからは全力疾走したあとのように身体中がふわふわして現実じゃないみたいだった。とりあえず寝台特急のチケットを購入し、さらに寝台特急が出る駅に行くための新幹線券や旅行先から地元に帰ってくる乗車券や特急券を買って、たくさんのみどりの切符を持って売り場を出た。
窓口の人にはお礼を言っても足りないくらい感謝していたのだが、コミュ障発揮して普通に頭下げてお礼を言うことしかできなかった。にっこりと「助かりました〜!」とか言える人間だったら良かったのにと今は思う。
ともかく色々あったけど、買えた。
買えたという事実がまだ飲み込めず、フラフラと売り場を出てそのまま駅をフラフラしていた。数秒フラフラして、ATMに用事があったのを思い出してATMコーナーに向かった。ATM周辺は混雑していた。並びながらまだ信じられなかったので何度も財布を見てチケットを眺めた。
そういえば窓口では買えたことが嬉しくて座席番号すら見てなかったけど、何号車の何番なんだろう。
乗ろうとしている寝台特急は二階建てである。二階席の窓が天井に向かってカーブしているところが良いなぁと思っていて、叶うことなら2階がいいと思っていた。座席が選べたらもちろん2階を指定したけど、もはや買えただけで素晴らしいからたとえ1階でも文句は言えまい。ーーそんな気分でいたのに、目に飛び込んできた数字は昨夜座席表を眺めて「この番号なら2階席なのかぁ!なるほど!」と期待をふくらませていた数字と違わぬ気がして度肝を抜かれた。
慌ててスマホで座席表を検索する。たしかに手元にある数字は2階席を指している。車両編成により変更の恐れありとはあるけど、たぶんきっとよっぽどの事件がない限りは2階席だ。
その事実に気づいた瞬間はとても嬉しくて、この手にあるチケットは値段以上の価値があるものに思えて仕方なかった。なんなら嬉しさでちょっと泣いてた。ご機嫌のまま歩いた帰路は、いつもより美しく見えた。
今は期待も不安もある。
でも「買えてよかった」という安心が1番大きい。
正直にいえば、当日の天気はどうだろうとか(星が見たいから山に泊まるぜ!と意気込んで泊まった日が酷い天気だった経験があるので、天気には期待しないようにしている)、列車に遅れず乗れるだろうかとか、旅行を中止せざるを得ないくらいのハプニングが起こったらどうしようとか…不安は尽きない。だって最後のひと席として案内されたところが欲しかった席だなんて幸運、出来すぎた展開にも程がある。こういうところで素直に幸せを享受できないのは捻くれ者の悲しい性だね。
それでも手元にあるこの券は本物だし、まだ行ってもないのに「いい買い物をした」ような気持ちがある。この満足感が不安を打ち消して今日を称えている。ありがとう。この券は乗り終わったあとも宝物として持っていたいなと思った。今日の葛藤も幸運も思い出して、良い記憶にしてほしい。
楽しみだね!
1度生まれたアイデアははっきり諦めない限り残るもの。
はじめは「行けたら良いなぁ」くらいの気持ちだったものが、考え続けるうちに本当に「可能」な気がしてきて、旅行情報誌を買ったり列車のスケジュールを立てたりした。
でも本当に行くには、その寝台特急のチケットを取らなければいけない。
取れなければ何も始まらない。
その通り。「どこかへ行く」ことへの期待に酔いながらスケジュールを立てたまではいいものの、いざ実行に移すにはなかなか勇気が必要だった。
みどりの窓口に行くのがもう緊張した。
それはたとえば「チケットもう無いですね」と言われて今までの夢想が無に帰すことや、旅行に行けないという現実を突きつけられることを恐れていたから……そういった類の緊張だったと思う。今回の目的はこの寝台特急であり、チケットが取れないなら旅行に行く意味がない。窓口でもし思い描いた旅を否定されたらどうしよう。そんな不安が溢れ出てきた。
あと極度の人見知りだから窓口はふつうに怖い。人見知りは業務用対応をするので精一杯なので、窓口の人にもし予想外の対応をされた場合どうしたらいいかわからなくなる。特にここ最近は授業もバイトも友人と遊ぶこともなかったのでコミュニケーション能力が劇的に落ちていた。
それでも旅行にいきたいという気持ちは固まっていたので、意を決してみどりの窓口を訪れた。昼間の窓口はガラガラだった。
「この日付で✕✕駅発の寝台特急シングルはありますか?」
「お待ちください。………………無いですね」
初手で詰んだ。コロナ禍だし寝台特急なんてガラガラやろ!と舐めてかかっていた自分を殴りたくなった。冷静に考えて1日数十人しか乗れない上に人気列車なのだ、そりゃ取れるわけないかと現実を知る。
現実をつき尽きられたショックで顔がひきつるも、急いでメモを取り出して予備日に設定していた日を提案した。就活も卒論も終わった合法ニートの大学生の本気を見せてやる。金はないが時間だけはあるのだ。
「えと、じゃあこの日は…」
「すみません、無いですね」
「じゃあこの日…」
「無いですね」
このやり取りを3回くらいした。列車のこと(乗車率の相場など)全然知らないド素人が我儘を言って窓口の人を困らせていると思うと死ぬほど申し訳なかったし、物事が予想通りいかないショックで賭けに負けたカイジみたいに視界がグニャアと歪んだ。リアルに胃が痛くなった。胃の痛みを感じたのはサークルを辞めるかどうか葛藤していた3年前以来初である。
「逆に、座席が空いてる日ってわかりますか……?」
最後の懇願だった。蚊の鳴くような声だったと思う。
窓口の人はお待ちくださいと告げて機械やら時刻表やらを一生懸命探してくれた。無理なら無理で諦めればいいのに、私個人の我儘で窓口の人に迷惑をかけているかと思うとさらに胃が痛くなった。そのとき窓口の人の上司らしい人が来て、色々伝えてまた戻っていった。二人の会話はよく聞こえなかったが、「この人こういう座席探してるんですけど」「そんなものもう残ってるわけないだろ」みたいな会話じゃないかと被害妄想してさらに消えたくなった。
「△日のチケットですよね」
「…………何月のですか?」
それは私が1番初めに提示した日付だったのだが、もう完全にその日は諦めていたので来月の話だと勘違いした。聞けば調べ直したところ、「一つだけ空いている」らしい。突然諦めていたスケジュールが高速で戻ってきたので唖然としながらも「はいそうです」と絞り出した。
そこからは全力疾走したあとのように身体中がふわふわして現実じゃないみたいだった。とりあえず寝台特急のチケットを購入し、さらに寝台特急が出る駅に行くための新幹線券や旅行先から地元に帰ってくる乗車券や特急券を買って、たくさんのみどりの切符を持って売り場を出た。
窓口の人にはお礼を言っても足りないくらい感謝していたのだが、コミュ障発揮して普通に頭下げてお礼を言うことしかできなかった。にっこりと「助かりました〜!」とか言える人間だったら良かったのにと今は思う。
ともかく色々あったけど、買えた。
買えたという事実がまだ飲み込めず、フラフラと売り場を出てそのまま駅をフラフラしていた。数秒フラフラして、ATMに用事があったのを思い出してATMコーナーに向かった。ATM周辺は混雑していた。並びながらまだ信じられなかったので何度も財布を見てチケットを眺めた。
そういえば窓口では買えたことが嬉しくて座席番号すら見てなかったけど、何号車の何番なんだろう。
乗ろうとしている寝台特急は二階建てである。二階席の窓が天井に向かってカーブしているところが良いなぁと思っていて、叶うことなら2階がいいと思っていた。座席が選べたらもちろん2階を指定したけど、もはや買えただけで素晴らしいからたとえ1階でも文句は言えまい。ーーそんな気分でいたのに、目に飛び込んできた数字は昨夜座席表を眺めて「この番号なら2階席なのかぁ!なるほど!」と期待をふくらませていた数字と違わぬ気がして度肝を抜かれた。
慌ててスマホで座席表を検索する。たしかに手元にある数字は2階席を指している。車両編成により変更の恐れありとはあるけど、たぶんきっとよっぽどの事件がない限りは2階席だ。
その事実に気づいた瞬間はとても嬉しくて、この手にあるチケットは値段以上の価値があるものに思えて仕方なかった。なんなら嬉しさでちょっと泣いてた。ご機嫌のまま歩いた帰路は、いつもより美しく見えた。
今は期待も不安もある。
でも「買えてよかった」という安心が1番大きい。
正直にいえば、当日の天気はどうだろうとか(星が見たいから山に泊まるぜ!と意気込んで泊まった日が酷い天気だった経験があるので、天気には期待しないようにしている)、列車に遅れず乗れるだろうかとか、旅行を中止せざるを得ないくらいのハプニングが起こったらどうしようとか…不安は尽きない。だって最後のひと席として案内されたところが欲しかった席だなんて幸運、出来すぎた展開にも程がある。こういうところで素直に幸せを享受できないのは捻くれ者の悲しい性だね。
それでも手元にあるこの券は本物だし、まだ行ってもないのに「いい買い物をした」ような気持ちがある。この満足感が不安を打ち消して今日を称えている。ありがとう。この券は乗り終わったあとも宝物として持っていたいなと思った。今日の葛藤も幸運も思い出して、良い記憶にしてほしい。
楽しみだね!
PR
COMMENT