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寝台列車のチケットを買いに行ったのが2月8日。その翌日の夜に「卒業までの1,2カ月でいいからバイトとして仕事手伝ってくれない?」という親戚からの誘いがあり、さらにその翌日に就職先の説明会を受けて「諦めてたけど、やっぱり通勤のために二輪免許を取ろう」と決意した。
2月8日以前の私は暇を持て余した合法ニートだった。
10時から11時ごろ目が覚め、朝からSNSやネットサーフィンで時間を潰す。
映画を見るにも読書をするにも集中力というか真剣さがまるで無い。
ただ暗くなるまで適当に遊んで、暗くなったら申し訳程度の家事をして、夕飯を食べて寝る。
中身が無くて退屈にも程がある生活をしていた。
それがどうだ、今はそこそこ忙しい。
偶然と言えばそれまでだけど、私には2月8日の月曜日にアクションを起こしたことで生活が変わったような気がしてならない。
退屈で退屈でスマホゲーを周回するしか楽しみのなかった毎日が俄然充実した。映画や読書に集中できるようになった。空虚に流れるままだった時間が色濃くなり、昨日の思い出が遠く感じるようになった。出雲に旅行したのは今週の月曜から水曜のことだけど、既に記憶は2,3週間前の出来事だと言われても納得できるほど遠くにある。それくらい木曜から土曜まで予定があって、忙しかったってことなんだろう。
自分に巡ってくるものは連鎖する、のだろうか。今までそれは不幸とか責任とか課題とか嫌なこと限定だと思っていたけど、機会や決意も同じなのかもしれない。たしかに立ち止まっているよりは歩いている方が触れるものは多い。
寝台列車旅行は本当に素晴らしい体験だったけど、それをきっかけに連鎖が起こって今が充実しているという事実こそ書き残したいと思った。たとえ衝動的なものでも、行動しようという意思は尊いものなんだな。その行動が報われたような気がして、とても嬉しい。あの日家を飛び出して旅行したいと願い、その願いを叶えるために動いた自分に感謝したい。
休みも度が過ぎれば退屈なように、充実もそのうち多忙による疲労で嫌になってしまうかもしれない。それでも行動できることは良いことなんだと、立ち止まらずに歩いているだけで立派だということを胸に刻んでいきたいな。行動を肯定しよう。