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日記、感想、オタ活・・・ごちゃまぜ雑多の物置蔵

 水曜日の夜から土曜日まで、一人で旅行に出た。
 名古屋港発のフェリーに乗って、終着地は北海道の苫小牧。
 世界の広さが染みわたる旅だった。


 計画は結構唐突。今月の始め頃だったと思う。
 思い立ったその場でフェリーやホテルや帰りの飛行機を予約した。
 もともとこの日程は雪山登山に挑戦する予定で空けていたが、「雪山経験値のないお前がいきなり中級コースに申し込むな」という至極まっとうな理由でキャンセルとなり、代替になる旅程を探すことにしたのが始まり。正直、雪山がとん挫したショックで意気消沈し、他の旅行を考えるのも面倒だった。なんだかんだ旅行ってのは、移動で疲れるし金はかかるしリスクもある。ただの高価な娯楽であり、わざわざ行くのは生産的ではないのでは……そんな感じで腐ってしまいそうだった。
 それでも実行に踏み切れたのは、私が救いを求めていたからなんだろうなと思う。日々に追われて心が疲弊しているのは自覚していた。創作は文字通りもう1文字も書けないし、漫画やゲームを追いかけるのも苦痛になった。感受性も死につつあるなと思っていた。昨年、ディズニーシーに行った時、アトラクションを昔ほど楽しめないなと自覚してしまったことが少しトラウマだった。……そんな状況を打破したかった。家でゴロゴロしていても解決しないのは自明だろう。

 心を生き返らせるような旅。
 今思えば、そんな表現が的確かなと思う。


 フェリーの出港は水曜日の夜7時だった。
 バスに揺られながら港へ向かう途中、船に乗るまで、ずっと緊張していた。はじめてのものに乗るってこういうことだと思う。いよいよ船に乗るんだ、本当に乗れるのかな?…そんな気持ちがグルグルして落ち着かない。ただ、夜の港にライトアップされたフェリーの姿を捉えた時は、たしかに「すごい!大きい!!」と感動した。目が釘付けになって、不安がわくわくに変換された。そこから先は非日常だった。

 船内をレポするとしたら、そうだなぁ、「客船」って感じ。吹き抜けのロビーがあり、海を眺める窓とソファーがいくつもあり、海が見える大浴場があり、ビュッフェがあり、ランク分けされた客室があり、まさに動くホテルだった。大きい船だから揺れが少なく、酔うこともなかった。
 最上階には外に出られるデッキがあり、さすがに船首には出られないものの、海の上を感じるには最高だった。ただゾッとするほど風が強く(風をしのげる場所もあったが)、本当に風が強く、手持ちの品を飛ばされてもおかしくない、何なら人間が飛ばされてもおかしくないなと思うことが何度かあった。ちなみに私は船への憧れをこじらせるあまり、旅行前にコスプレショップで白い軍帽を購入し、デッキで帽子被って写真撮ることを夢見ていた。結局ちゃんとそれっぽい写真は撮れたんだけど、マジで帽子が何度も飛んでいきかけて焦った。かなり無謀だったと思う。
 
 基本的に、海を見るか、寝るか、読書するかで過ごしていた。今回は村上春樹『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』を持ち込み、これを2泊3日かけて読むことをミッションとしていた。少しは小説を消費できる人間になりたかったから。小説をゆっくり読める旅なら船じゃなくても、例えば旅館に缶詰めでも良かったのだが、そんなことをしたら私は周辺を観光したくて外へ出てしまうので、身動きできない旅という意味で船が最適解だった。圏外かつWiFiも契約しないと利用できないというのも、退屈だったけど小説に集中できてよかったな。私みたいな人間はスマホで時間を浪費することが得意で困る。
 結局『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』は、残りあと10ページくらい残った状態で帰宅した。あとちょっとだから今夜にでも読みたい所存。

 1日目はなかなか寝付けず、午前3時に諦めて寝台から出て船内を探索した。個室ではなくカプセルホテルみたいにベッドが並ぶ寝台に泊まっていた。お客は少なくガラガラだったので快適だった。船内は一応24時間電気がついている。
 午前3時、好奇心に負けて、あたたかい格好をして夜のデッキに出た。すぐ後悔した。別段海が荒れているというわけでもなかったが、夜の海はどこが水面かわからないくらい漆黒で、底知れない不安を掻き立てる。その上昼間とは比べ物にならない暴風が、物体を隙あらば吹き飛ばさんばかりの勢いで吹き荒れているので、なんかもうドアから出て4,5歩で回れ右した。マジで人間が飛ばされても誰も気づかないだろうし生存不可だしヤバい世界である。よく考えたら夜中にデッキに出ることができるのも不思議だ。星空観察どころじゃない。まぁ時と場合によっては穏やかな夜もあるのかもしれませんけど……。
 外にビビり散らしたあとは、窓の近くのイスに座ってずっと本を読んでいた。睡魔が再び襲ってくる夜明け前、ふと日の出が見たいなと思い立って再度デッキへ。おそるおそるドアを開けた。風は大分収まっていた。何より、海とデッキの形が可視できるだけでこんなに安心して出られるとは思わなかった。太陽は偉大だ。

 日の出は美しかった。今日も来たという安心感が胸を満たした。



 2日目の夜、ちょっと退屈になって悶々とした時間があった。
 こんな客船に若い女性の一人旅は珍しいのか、割かし声を掛けられる。それが楽しいときもあったけど、奇異な目で見られたり干渉されたりするのが鬱陶しいなと思うこともあった。
 
そんなときに書き残したメモがこちら。
「のんびりとした旅はイコール退屈だ。一人でいることは、世界を直接感じることだ。世界のあり方も、景色も、周囲からの反応も、誰かと一緒だったら希釈される。それが良かったり悪かったりする。よくも悪くも、一人旅は感じることが多い。どうしたらいいのかわからない。
 船の中、私はよくイヤホンで耳を塞いだ。馴染みの音楽で外界から刺激を遮断する。妙に安心した。そうしないと寝られなかった。一体何から逃げているのかはわからない。物理的に私を害するものは無いというのに。形のないものがやんわりと恐ろしい。それはたぶん他人の視線、声、存在、可能性。つくづく一人旅というのは『観光属性』に向かないものだと思い知る。綺麗な内装は嬉しいし、洗練された設備には癒される。それでも、胸に差し込む暗い感情は、こういうところだからこそ感じるのだ。」

 ガチ陰キャの一人旅は前途多難ですね。
 書き残したあとは心のモヤモヤも多少は晴れたし、その後は小説と音楽と自分の世界に徹底的に没頭するようにしたので、モヤモヤする時間も減った。はじめからそれでよかったんじゃないかな…。


 3日目、いよいよ上陸の日。
 午前中に上陸だったので朝から荷物をまとめ、残りの時間は相変わらず小説の文字を目で追っていた。上陸1時間前、ふと窓の外に顔をあげると、これから上陸するであろう港が見えた。
 人間は目的地を目にするとこんなにも心躍るのかと驚くくらいテンションが上がった。新天地がいよいよ迫ってくるワクワクは何物にも代えがたい。もう村上春樹なんて手につかなかった。急いで防寒具を着てデッキに登った。刻々と近づいてくる港を、目を輝かせて眺めた。ちなみにそんなことをしているのは私だけだった。デッキは相変わらず閑散としていた。
 はじめての土地、はじめての地形、遠くに見える名も知らぬ高い山。嬉しくないわけがない。

 そこからはあまりにも短い北海道観光である。翌日には帰らなきゃいけなかったので、観光というよりは美味しいもの食べてお土産買って帰るだけみたいなもんだったが、まぁ満足だった。ジンギスカン、札幌ラーメン、うに丼まで食べられたら誰だって幸せに違いない。


 4日目、帰宅の日。
 お昼ごろ、新千歳空港から名古屋まで飛行機で帰った。飛行機に乗るのは学生時代に台湾旅行に行ったきりである。何度目だとしても空を飛べるのは単純にうれしかったし、国内線ならではで高度が低いのも見どころだった。良い具合に日本を空から見ることができた。
 離陸も楽しかったし(離陸時の重力やスピードはアトラクションみたいだけど、これは本物なんだという事実が何よりワクワクした)、景色はもっと良かった。高度がぐんぐん上がる中、上陸した苫小牧を発見し、北海道の地形のもの珍しさと美しさに感嘆した。本州は天気の影響で地形が見えるところは少なかったが、空から見る日本が新鮮で、窓の外を食い入るように見つめ続けた。
 新潟から長野のあたり、ちょうど日本アルプスがそびえたつところ、雪を被った山脈が続いていて、その美しさに我を忘れて写真を撮った。山は美しい。それが遥か遠い星などではなく、技術があれば「いつかたどり着ける場所」なのが良いなと思った。大小さまざまな山に覆われた日本って、美しいんだな。帰りの手段に飛行機を選んだ自分を褒めた。こんなに素敵な景色に出会えるのなら、永遠に国内線に乗っていたい。

 そう思うくらい、綺麗だった。


 

 さて、愛知県に帰ってきて、ようやく「帰ってきた」実感が湧いてきた。
 乗り慣れた電車に揺られて帰宅する。
 電車の中で、この旅について考えていた。


 景色の良い旅だった。良い景色を見て、おいしいものを食べる旅だった。そしてその景色に心躍らせる『私』が嬉しかった。遮るもののない朝焼けを美しいと思い、空と海の間でデッキを駆け回り、近づく見知らぬ土地に胸躍らせ、空から見る大地をこの上なく素晴らしいと思った。
 今は、心が生き返ったような気分だ。
 そう思うと涙が溢れた。イヤホンから流れる旅の音楽がいつもより染みる。旅の中で見てきた夢のような情景が確実に心に刻まれていると自覚して、まだ自分は捨てたものでは無いなと、まだ世界に感動できる神経があるんだと分かって、とてもとても嬉しかった。一人旅だから苦しむこともあったけど、この感動は希釈しない一人旅だからこそ手に入ったんじゃないかなと思う。私はやり遂げた。こんなに後味の良い旅ははじめてだ。


 また現実に追われて疲弊するとしても、きっと立ち直れるだろう。海の向こうにある世界や、空の向こうから見える景色、それを「知っている」ことがどれだけ希望になるか。まさに「心臓をつくような風景」を、私は見たんだよ。

(今回の音楽)鳥になった少女 / 可不

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